母はいつもこうだった。

朝早く家を出て、夜遅くに帰ってくる。

朝食も、お弁当も、夕食も、ちゃんときっちり用意してくれる。

けれどそこに愛はなく、感情もない。

美雨はいつからか、母と正面から向き合うのが怖くなっていた。

「行ってらっしゃい」

美雨は朝食を食べながら、か細い声で呟いた。

母は一瞬立ち止まり、美雨の方を向く。

「行ってきます」と呟き、ドアを開け、外へ出ていった。

ガチャリ、と鍵が閉まる音が美雨の胸に重く響く。


部屋の中は再び静寂に包まれた。

わたしはパンを一口食べたが、もう味がしなかった。

窓の外からは蝉の声がますます大きくなっていく。

まるで、なにかを必死に訴えているように。

わたしは、氷が溶け出したコップをじっと見つめた。

溶けていく氷のように、いつか自分とお母さんの関係
も、全て消えてしまうのだろうか。

そんな不安が夏の朝の光で、じわじわとわたしの心を沈めていった。