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 ――今から8年前。 
 私は14歳で戦争孤児となった。

 西シグヌ地方で勃発した戦闘により故郷の村は廃墟となり、私は大勢の人たちと共に敵国ランゴアに『所有』された。実質奴隷である。
 私はそのとき、人として、女としての尊厳と同時に、幼馴染みで将来を誓い合った婚約者を失った。爆風に巻き込まれ宙を舞うあの人を、私は馬車に積まれた檻の中から見たのだ。あの光景は、今でも時々夢に出る。

 エルオニータでもランゴアでも、女性の奴隷の扱いは男性よりマシだった。
 この世界で唯一存在する魔法――鏡装魔法に目覚めるのは、9割以上が女性だからだ。
 女性は成長の過程で魔法に目覚めると戦力として重宝されるし、目覚めなかった場合でも、他の鏡装魔法の遣い手の身代わり役として使われる。主な使い方は、『魔法を解除した本来の姿を偽装するため』である。

 奴隷として2年過ごした16歳のとき、私はランゴアの下級兵士と良い仲になった。他の人間が私にひどい扱いをする中、彼だけは私に優しくしてくれた。
 彼は、私に「一緒に逃げよう」と言ってくれた。私は同意した。

 ああ、審判と公平の神ロロギアよ。私は懺悔します。

 私は、彼のことを愛してはいなかった。彼は誠実ではあったけれど、貧しく、他の兵士たちと比べても明らかにひ弱だった。
 今でも彼の名前を思い出せない。その顔は何度も夢に出てくるのに。
 けれど、奴隷の身分から逃れ、人としての尊厳を取り戻すためには、彼の誠実さがどうしても必要だったのだ。
 私は、彼の優しさを『自由への通行手形』として利用しようと決めた。それだけ必死だったのだ。

 そこで、審判の神は私に決断を促した。

 駆け落ち実行の前日。
 私は唐突に、鏡装魔法に目覚めたのだ。運命の神ナリフトが枕元に腰掛けたように、私の身体は光を帯び、気がついたときには本能で魔法を理解していた。
 そのとき私は、故郷エルオニータも憎きランゴアも、まだ何者でもない女性を囲う理由を実感したのだ。こんなにもあっさりと、魔法使いになれるのだから。

 浮き足だったままの私の前に、当時の駐在司令官が現れた。部下と酒盛りをした帰りらしかった。
 私は、とっさに鏡装魔法を使った。思いつく限りの美しさと淫靡さを込めた。娼婦と変わらないと思った。同時に、自分の力で支配者を動かす快感を知った。

 どうやら私の鏡装魔法は、男の防御術式を貫通するほど強力な魅了の力を秘めていたらしい。

 駐在司令官を鏡装魔法で魅了することに、私は成功した。奴隷の身分から合法的に脱するチャンスを得たのだ。

 司令官の愛人になって、自由を捨てる代わりに今より確実にマシな生活を手に入れること。
 愛せない下級兵士に従い、自由と引き換えに苦難の生活を受け入れること。

 このふたつを天秤にかけた結果、私は下級兵士を見捨てる決断をした。
 無断で奴隷を逃がそうとしたことで軍紀違反に問われた彼は、私の目の前で処刑された。首が飛ぶ瞬間を私は目の当たりにした。

 以来、私は首のない彼の悪夢を度々見るようになる。胴体と離れた首が「この裏切り者」と何度も叫ぶのだ。そして、愛人が隣で眠るベッドの上で、私は一糸まとわぬ姿で目を覚ます。

 私はそのトラウマから逃れるために、その後何度も鏡装魔法を使い、次々と男を乗り換えていった。
 狙った男の趣味嗜好を調べ上げ、相手にもっとも好かれる姿へと魔法で変身し、魅了する。より強く、より権威を持った男の庇護を受けるために。
 魔法で男たちを支配する快楽にのめり込むことで、私はこれまで他人に支配されていた恐怖や、誠実だった青年を裏切った罪悪感を忘れようとしていた。

 命と心を守るために、私は魔法を使い続けたのだ。

 その結果、私はランゴアを脱出し、故郷エルオニータに戻ってきた。そして、この国の最大都市サマルパテで、最も強く、最も貪欲な貴族デリグ・ロドルースの妻の座にまでたどり着いたのだ。

 これが私の求めていた到達点――そう思っていた。

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