「〜〜♪」
柚希のレモンイエローのイヤホンから、音楽が流れている。
少しの音漏れを耳が拾うと、最近人気のJPOPだった。
小刻みに頭を振りながら軽快な音楽にノっている柚希。
一方で僕は、だらだらと出てくる手汗をハンカチでぎゅっと握りしめて止めているくらい、緊張と責任感に追われていた。
───今日は、8月30日。
浜成学園大学は現在、夏休みを謳歌真っ只中。
「電車でデートしようよ」と誘われて、いつもと違う展開に驚きながらも止めるわけにはいかなかった。
命の方が大事だし、電車デートなんて何が起こるかわからない、柚希が何で苦しんでいつ死ぬのかもわからないのに、僕は「今日はお家がいいな」の一言すら言えないのだ。
そんな僕が、「柚希、今死のうとしてるでしょ」なんて、言えるわけがない。
…柚希のことを死なせたくないのは大前提。
“大前提”だと、決めつけていた。
…でも、柚希がそれで苦しんでたとしたら、?
早く自分を苦しめている原因から解放されたくて、それで「死ぬな、生きろ」なんて、僕のエゴだ。
死にたい人に簡単に「生きろ」と言えるわけがない。
「命ってひとつしかないんだよ」って、そんな綺麗事も届くはずがない。
深い深い闇に堕ちているのに、周りの勝手な心配など要らないのだ。
かと言って、柚希が死んでいいかと言われたら、絶対にそうではない。
でも、柚希の意思も尊重したい。
どうすれば、どうすればいい?
「───おい!誰か非常停止ボタンを!」
「押しました!」
「ひっ…」
「いやぁぁぁぁっ!!」
「おい、人が轢かれたぞ!!」
肉と骨が、砕けたような。
そんな、嫌な音。
思い出したくもない。
思い出せない。
ただ、一瞬のことだった。
考え事をしている最中、僕の思考回路を切り裂いたひとつの悲鳴に、鈍い音。
そして、隣に柚希がいないと気づいた後は早かった。
壁に手をついて口を覆っている人、手を震わせながらただひたすら叫んでいる人、駅員を呼んでいる人、スマホのシャッターボタンを押すことに夢中な人。
人だかりを分けて通って、僕は「柚希!!」と叫んだ。
いない。
いない。
どこを探しても、何度名前を呼んでも。
止まった電車の下を、見る気は起きなかった。
「柚希、?柚希ーっ、ゆず、き…!」
プラットホームには、レモンイエローのイヤホンが片方だけ、落ちていた。



