「あまりふざけるな。
俺の立場も考えろ」

「ごめん、滅多に会わないもんだから楽しい」

弥生さんからフフっとかわいい笑いが溢れる。

「ったく、加山は変わらないな。
よくもまあ悠真もお前を部下に置いとくもんだよ」

「私の良さがわからないのは平川くんだけよ。
こんなところで秘書さまがサボってていいの?」

「休憩中だ。

田宮さんどうですか?
湊部長の担当には慣れましたか?」

二人の会話に戸惑っている結衣に気づき、平川さんが秘書の顔で話しかけてきた。

「は、はい。
仕事自体は前と大きく変わりはないはずなんですけど。
一つ一つのことに深く関わらせていただくのと、守秘義務の範囲も広くなったので、まだ緊張します。
本来なら私がやらなければならないことも、加山さんに負担をおかけしているので申し訳なくて」

話しながら結衣はだんだんと俯く。
弥生さんはいつも時短の時間ギリギリまで結衣に指導をしてくれているが、部長の業務に追いつかないことも多くなってきて、結衣が足を引っ張ってしまっている。
情けないことにそれが事実だからどうしようもない。

「そうですか。
まだそんなに期間も経っていませんし、気づいてどうにかしたいと思われているだけで十分ですよ。
経験を積んでできることも増えるでしょうから。
加山さんに甘えても問題ありませんよ」

平川さんは結衣に向かってにっこりと微笑む。

「部長の仕事量が増えてるだけで、結衣ちゃんは十分力になってるから心配いらないって言ってるのに。
下手に聡いのも考えものね。

そうだ!
平川くん、たまに結衣ちゃんの話、聞いてあげてくれない?

私が結衣ちゃんの話聞きたいのは山々なんだけど、日数も時間もどうしても制約があるし。
結衣ちゃんも仕事の内容が内容だから、他の人にも相談しにくいのよ。
その点平川くんになら問題ないでしょ?」

弥生さんがいいことを思いついた、というように手を叩く。

「加山さん、また勝手なことを…」

平川さんが眉間に皺を寄せる。
結衣は慌てて否定する。

「す、すみません。弥生さん、私のことは大丈夫ですから、平川さんにお手間をかけるわけには…」

「湊部長も外してることが多いし。
結衣ちゃんにはほんとに悪いけど、私もしばらくは子供優先だから。
これからもっと忙しくなるかもしれないから、いざという時に相談できる誰かがいた方が結衣ちゃんも安心して仕事できるでしょ?ね?」

それを聞いて平川さんが少し考え込む様子を見せる。

「田宮さん、時々こうして一緒に昼食をとるのはいかがですか?
職場でお話しする分に問題ないでしょう。
無理にとは言いませんが、私は湊部長との付き合いも長いので、内容によっては彼が仕事を進めやすくするためのアドバイスもできると思います」

「いえ、でも…」

「大丈夫ですよ。なにも私が田宮さんの仕事を代わりにするわけではありませんから。
どの程度お役に立てるかは分かりませんが、加山さんも安心されますよ」

平川さんはいかがですか、というが、断るという選択が難しい雰囲気だ。
弥生さんはニコニコと結衣を見ている。

とにかく今は返事をするしかなさそうだ。

「では、平川さんのご迷惑にならないくらいでお願いしてもよいでしょうか」


「結衣ちゃんガンガン迷惑かけちゃっていいのよー!
平川くんに相談できるなら安心だわ」

弥生さんの言葉に結衣は平川さんに迷惑だろうと不安になる。
しかし平川さんは優しく微笑んだ。

「頑張ってる後輩を応援するのは先輩の役目ですから。
私では心許ないかもしれませんが、よろしくお願いします」