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いよいよ結衣がメインアシスタントになるころには、湊部長はますます忙しくなっていた。
結衣は次々と更新される新たな資料をまとめ直し、スケジュールに合わせて部長へ共有するのに追われている。

「結衣ちゃん、この案件契約取れたって!
お昼にはちょっと早いけどランチにしない?」

部長からの連絡を受けた弥生さんから差し出されたのは今月一番大きい大手飲料メーカーとの案件だった。
関わっていた仕事に良い結果が出るとホッとする。
結衣は二つ返事でオーケーすると、二人で社食へ向かった。

いつもより早めの時間で社食は空いている。二人とも日替わりを選び、窓際の景色のよい二人がけの席に座ることができた。

「弥生さん、私なかなか独り立ちできなくてすみません」

今日の連絡も本来なら結衣が受けてもよいはずのものだ。弥生さんは連絡を受けてそのまま次の段取りまで部長とのやり取りを済ませている。
なんだかんだで弥生さん任せになっているところもまだたくさんある。


「いいのよ。今日だってほんとは結衣ちゃんに伝えるつもりだったと思うよ。
いきなり話し出して、湊くんも珍しく浮かれてるようだったから、冷静さを欠いたんじゃない?」

ふふっと弥生さんが笑う。

「湊くん?ですか?」
弥生さんが部長を親しげに呼ぶのに驚いた。

「ああ、言ってなかったわね。
部長と同期なの。
入社した頃は平川くんとつるんでたけど、モテてたわよー。
二人とも容姿だけはいいからね。

大きな声じゃ言えないけど、あの頃平川くんは相当遊んでたわよ」

平川といえば、社長秘書の平川さんのことだろうか。
結衣がどんな人だっただろう、と考えていると、結衣の背後から大きな影が差した。

「個人情報の漏洩は好ましくありませんね」

頭上から声が聞こえて結衣が振り向くと、背後にその平川さんが立っていた。

結衣は驚いて立ち上がる。

「す、すみません」

結衣が青ざめると、

「ほら、怖い顔するから結衣ちゃんを怖がらせちゃったじゃない」
と弥生さんが笑いながら平川さんに話しかける。

平川さんが結衣の方を見て、秘書の顔でニコリと微笑んだ。

「田宮さんが気にすることはありませんよ。
加山さんは、私がいることわかっててわざとおっしゃってますから。
田宮さんの食事の邪魔してすみません」

ダークグレーのスリムなスーツ。
綺麗に整えられた髪は、彼の面立ちをさらに凛々しく見せていた。
かしこまった口調に思わずこちらも背筋が伸びる。

「あら、そうなの?
じゃあ入社して初めての研修のこととか、ひとつ後輩のあの子のこととか。
ほか諸々、個人情報なのね」

「おい」

平川さんは一転して低い声で弥生さんを睨んだ。

「お高く止まって、平川くんらしくないわよその態度」


ニヤニヤと笑う弥生さんを見て平川さんはため息をつくと、隣の席から椅子を動かし、結衣たちのテーブルにコーヒーを置いた。
幾分か声を潜めて弥生さんを睨む。