翌日出社すると、すぐに湊部長に呼ばれた。
ミーティングルームに入ると、中には部長と部長のアシスタントの加山弥生(かやまやよい)さんがいた。

「田宮さん、朝からすまない。
実は急な話で申し訳ないが、来週から加山さんの補佐についてほしい」

結衣の仕事は、書類作成やスケジュールの調整などを行う部署アシスタント。数名体制で部内全体のサポートを行っている。
一方部長のアシスタントとなると、部長の業務全体の補佐であり、秘書のような役割も求められる。

「結衣ちゃん、突然ごめんね。
部長のアシスタントをもうひとりつけて欲しいって私がお願いしたの」

加山さんは二ヶ月前に育児休暇から復帰して、現在は時短勤務中だ。加山さんが休暇に入る際、一般的な業務は部内のアシスタントに振り分け、部長の窓口となるアシスタントには秘書課から人員が充てられていたが、加山さんの復帰に合わせて元の体制になっていた。
時短勤務のままでは仕事量も多いだろうし、部長付きの人員を増やすのも納得だ。

ひと通りの説明を受け、当面の予定のすり合わせが済んだところで弥生さんと一緒に席を立とうとすると、田宮さんは残ってくれと部長から呼び止められた。

ミーティングルームに二人きりになると、
「昨日の今日だから、変に思ったかもしれないが。
配置変更は少し前から打ち合わせていたことだから、誤解のないようそれだけは伝えておきたかったんだ」

と申し訳なさそうに言われた。
まさかここで昨日のことを持ち出されるとは思わず、結衣は慌てて
「昨日のことは誰にも言いませんよ」
口を塞ぐ真似をした。

すると湊部長は面食らった顔をして
「それは上司への態度じゃないな」
と昨日あんな低い声で女性を泣かせていた人とは思えないような優しい声で笑いながら言った。


これまで担当していた業務で引き継げるものは他のアシスタントに申し送りをして、湊部長の業務に関わるものは弥生さんの補佐をしながら結衣が受け持つことになった。

弥生さんの休暇中は私が部長の資料を頼まれることが多かったけど…と結衣が不安に思っていると、

「来月には部長のアシスタントのメインを結衣ちゃんに移行するつもりだから」

と弥生さんから笑顔で伝えられた。

「私が弥生さんのサブにつくんじゃないんですか?
メインなんて無理ですよ!」

「何言ってるの。十分務まるわよ。

アシスタント業務量、部内で結衣ちゃんが一番多かったのよ?それもちゃんと時間内に配分して終わらせるし、期限も確実。
みんなからの評価もいいのよ。

本当なら私が休暇を取る前から配置換えできればよかったんだけど、結衣ちゃんあの頃は上田くんの指導係だったでしょ?
他のメンバーで検討してはどうかって話も出たんだけど、仕事の特性上、私としては誰を担当にするかは譲れないところだったから。
復帰して私の仕事量のバランス見ながらって言ってたら、部長の多忙具合が半端なくてね。
急で申し訳なかったけど、私が部長に無理言って掛け合ってもらったの」

仕事でお礼を言われることはあっても、当たり前のことしか出来ていないし、周りを見る余裕もないからそんなこと思いもしなかった。
褒められて居心地悪くしていると、

「だから本当はみんなに申し訳ないのよ。私の都合で結衣ちゃんを部長付きに引っ張っちゃったから」
と弥生さんが申し訳なさそうにする。
しかし補佐のつもりで引き受けた業務が、担当交代と聞いて不安になる。

「まさか、弥生さん辞められるんじゃないですよね」

「違うのよ」
弥生さんは声を顰めて続けた。
「人事の噂、聞いたことある?」

「あの、湊部長が役員になられるとか?」
弥生さんは大きく頷いた。
「もちろん総会で決まることだから、あくまでも想定の話だけど、日に日に部長の仕事量が増えてるの。
私としては全力でサポートしたいんだけど、時間が限られちゃって。今の部長にはフルで動けるアシスタントが必要なのよ」

弥生さんは結衣が入社した時に新人教育についてくれた先輩で、育休中でも結衣のことを何かと気にかけて連絡をくれたり、相談にも親身になってくれた。

そんな弥生さんが、結衣の仕事を評価して選んでくれたことがうれしい。
とにかく回ってきた仕事を全力でやるしかない。
状況を聞くと不安も大きいけど、認めてもらえるようにがんばろう、と強く思えた。