「結衣ちゃん、大丈夫?」
資料にかじりついてデータをまとめていると、弥生さんに声をかけられた。
「すみません、もうすぐまとめ終わります」
結衣は慌ててバサバサとデスクの資料をかき集める。
「大丈夫じゃなさそうね。
もっと肩の力抜いてやらないと、身がもたないよ」
弥生さんが自らの眉間をトントンと指差しながら答えた。
「えっ…」
「すっごく険しい顔してる。
あんまり難しく考えなくても大丈夫よ」
結衣は慌てて自分の眉間を押さえる。
いつのまにかそんな顔していたなんて。
弥生さんは心配そうにこちらをじっと見る。
「昨日から変よ?」
「すみません」
理由を説明できず、ただ俯くしかない。
「まずは目の前のことを確実に終わらせる。
期日と精度。
欲張らずに進めましょうね」
弥生さんは優しい。
本来なら叱責を受けてもおかしくない態度だと自分でも思う。
土曜日に平川さんに言われたことをかなり引きずっていた。
月曜もろくに仕事が進まず、火曜になっても引きずったまま。
幸い、と言ってはいけないが、部長は明日の社長との会食のため、他の予定をずらし、今結衣が取り掛かっている資料の期限も来週へ変わっていた。
だからと言って今週手を抜いていいわけではない。
進めなければ、と思うと余計に自分が部長のアシスタントを務めてよいのか、不安が募る。
冷静に考えて、弥生さんがいなければ進めきれないし、仕事で信頼を得る、といっても私はひとりでは何もできないんだな、と自己嫌悪に陥っていた。
再度、すみませんと小さな声で答え、一度ギュッと目を瞑った。
すぐに気持ちを切り替えられるわけではないが、深呼吸をして資料に向き合う。
目の前の仕事をするだけ。
そう考えて昨日からほとんど形になっていない内容をやり直すことにした。
デスクの電話のコールが鳴り、気づくともうお昼近くになっていた。
先に弥生さんが電話に手を伸ばし、対応してくれている。
結衣は手元の資料を見直しながら、少しは進められてよかったとホッとした。マイボトルのお茶を一口飲むと、再度資料に向き直る。
このまま進めた方がよさそうだ。
そう思って取りかかろうとすると、弥生さんから声がかかった。
「結衣ちゃん、明日の部長の会食場所と時間スケジュールに共有しておいたから、確認よろしく。
部長は午前中社内で打ち合わせで時間の調整は可能だから、万が一社長のスケジュールが変わった時は対応お願いね」
「わかりました」
電話は平川さんからだったのだろう。
自分が取らなくてよかった、と結衣は内心ホッとした。
即座にスケジュールを開き予定を確認していると、弥生さんから続けて声がかかる。
「明日は結衣ちゃんもお店まで同行お願いできるかしら?
会食が終わるまで別室で平川秘書と待機。
ついでに昼食そこで済ませちゃってちょうだい」
「えっ、でも…」
平川さんの名前が出て、思わず返事を言い淀んでしまう。
「大丈夫。
ああ見えてちゃんと話聞いてくれるから。
結衣ちゃんにもいい刺激になると思うわよ」
結衣の表情を見て、弥生さんが優しくフォローしてくれる。
土曜日のことを弥生さんは知らないはず。
伝えるべきか迷ったが、伝えたところで弥生さんにも迷惑をかけてしまうだけだ。
「ありがとうございます、がんばります」
答えようがなく、結衣は小さくつぶやいた。

