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エレベーターを降りた結衣は、自然と足取りが軽くなる。
職場とはいえ、部長と二人きりでの食事。
きっと話下手な私に気を遣って普段しないような話もしてくださったんだろう。
A社への同行を聞いた時は一気に不安が押し寄せたが、これまで聞くことのなかった部長の話を聞いて、次のプレゼンに同行させてもらえることを今は素直に嬉しいと感じていた。
結衣は軽くなった紙袋の持ち手を掲げ、思わず笑みが溢れる。
美子さんにお礼言わなきゃ。
マスターと美子さんに背中を押されなければこの経験はできなかっただろう。
美子さんと話したいが、オアシスは営業を始めている時間だ。開店直後は店が忙しいことを知っているので、邪魔にならないようにタッパーの返却は月曜に行くことにしよう。
「お疲れ様です。
田宮さん、休日出勤ですか?」
ビルのホールで平川さんに出会した。
さすが秘書。
平川さんは休日出勤のないアシスタントが休日に会社にいることに驚いたようだが、表情には出さず、綺麗な微笑みを浮かべる。
「あ、いえ。
部長が出社なさってるのを知ったので、ちょっと立ち寄らせていただいただけなんですが」
なんと答えてよいかわからず、結衣が俯くと、平川さんはそれを目線で追い、結衣の手元の紙袋に目を止めた。
急に平川さんの視線が冷える。
「ああ、差し入れですか?
気遣いができるのは悪いことではありませんが、あなたのやるべきことは別にあるのでは?
加山さんから先日伺ったところでは相談相手がいないということでしたが、休日に上司に会いに来るほどのやる気があるなら、相談相手は必要ありませんね。
あなたの個人的な相談に乗るつもりはありません」
平川さんの低い声色が重たく結衣の胸に響く。
結衣は何も答えることができず、俯いたまま小さく「申し訳ありません」と思わず謝ってしまった。
平川さんは冷ややかな微笑みを浮かべ、社内へと入って行った。
結衣はその場に立ち尽くす。
先ほどまでのやる気は消え、休みの日に会社に顔を出したことを強く後悔する。
平川さんが言いたいことは結衣にもわかる。
湊部長はそのステータス、何より容姿端麗でモテる。
部長が厳しい言葉で女性との別れ話をしていた時のことを思い出す。
『後から連絡されても困るんだ。
別れたくなかったとか、なぜ引き止めてくれないのかとか。君がそうとはいわないが、そんな女性もいるからね』
結衣にそんな気持ちがなくても、この状況を見ればそう思うだろう。
仕事のことが気になったとはいえ、自分の都合で会社に来たのは間違いない。
幸い休日のエントランスには他に人はいなかった。
きっと平川さんはそんな周りの状況もわかった上で厳しく言われたのだろう。
今のやり取りを他の人に見られなかっただけよかった。
仕事で信用を得る。
自分にできるのはそれだけだ。
結衣は紙袋の持ち手をギュッと握り締め、足早に会社を離れた。

