「最近、図書館へ行ってないみたいじゃない」

 お昼休みに、机で弁当を食べていると、香織がそう話しかけてきた。

 確かにあの騒動以来、図書館へは行ってない。

「わかったわ。例の女の子が来ていないんでしょ」

 確かにそうなんだけど、来てないって事だけじゃなく、例の荒らされた事件も気になっていた。気になりすぎて、逆に行けなくなるっていうか。

 僕は無意識に、前に図書館の前で拾ったメモ帳を取り出した。

 ページをめくると、横から香織が覗き込むように話しかけてきた。

「心得 ここでも月の重力に影響。無重力可? 何これ?」

 何これ?と聞かれても、僕も困る。

 でも、ひょっとして、ここに書かれていることは高坂さん自身のことなんじゃ。

 そう思い始めた。

 どう考えてもあり得ないことだけど、高坂さんは月の重力に影響されるんじゃないだろうか。初めて会った時、ほぼ真横から飛んできた。そして、壁を忍者走りで去っていった。よく考えればおかしなことなんだけど、僕自身がおかしくないように頭に理解させようとしたのかもしれない。


 ガタッ。

 僕はふと思いついたことができ、立ち上がった。

「どこ行くの?」

「ちょっと学校の図書室へ行ってくる」

 小走りで図書室まで向かう。

 高坂さんと初めて会った時。壁歩き、いや壁走りをしていた時だ。そして、その日時を思い出した。その時の月の位置を天文関係の本で調べた。

 調べたところ、その日時には日本から見ると、真横ではないが、横に近い位置に月がある事がわかった。

 もう一度、以前に拾ったメモ帳を見る。

『心得 ここでも月の重力に影響』

 そして、図書館で一緒に本を読んでいた日の月の位置を計算すると、ちょうど日本の真下。ブラジルあたりからだと、真上に近い所に月が見える。あと、あんまり関係ないけど、日本の本州の真下はブラジルではないらしい。

 調べたことをまとめると、高坂さん月の重力に引っ張られるから、壁を普通に歩くこともある。下手したら宇宙へ放り出される。

 そんなばかな。


『周りを月の重力と同じに』

 メモ帳に書いてあった、この文を改めて見ると、ひょっとして図書館が荒らされていたのは、これが原因なのか?

 月が真上付近に出ているときに、高坂さんの重力は地球とさかさまになる。天井に立つような感じなるわけだが、これだと図書館で本が読めない。なので、自分の周りの重力も逆さにさせれば、高坂さんにとっては普通に本が読める。

 かなり無茶苦茶だが、理屈は通っている。

 でも、たぶん誰に言っても信じてもらえないだろう。



 その日の夜。

 僕は図書館の近くのビルの屋上にいた。ここにいれば、高坂さんが見られると思ったからだ。

 ……

 ……

 うーん。じっとビルから図書館を見張っているけど、とくに何も変化はない。

 時折、図書館の前を人が通るが、特に何かを気にすることなく通り過ぎていく。


 ひゅ~~。

 風が吹いてきた。まだ、春だし、ちょっと寒いかな。

 これでも2時間は居たんだ。今日はこれぐらいにしておこう。

「しかし、2時間って結構長いな。高校野球の試合時間ぐらいある。プロ野球でも2時間ちょっととか、まれにある」

 ぶつぶつと独り言を言いながら僕は帰った。