翌朝。  

結来は、朝練のため、いつもより少し早く登校した。

校門をくぐると、真夏ひかりが校舎に反射してまぶしくて目を細める。

空は澄んでいて雲一つもない。 

昨日の夜のあいだ、スマホは開かなかった。  

先生のアカウントも、音楽も、何も見ずに眠った。  

でも、目を閉じるたびに、あの言葉が浮かんだ。

「このフレーズ好き」

その一文が、なぜかずっと胸の奥に残っていた。

靴箱でローファーから上靴に履き替え、廊下をあるく。

教室に入ると、心華がすぐに声をかけてきた。  

「やばいね、今日から、コンクール練習だよー」 

心華がオーボエのケースを肩にかけたまま、笑顔で言った。

「……ほんとだね」

結来は少し緊張しながら返す。

――あの先生のSNSは、なぜか練習への勇気をくれる気がした。

音楽室に入ると、すでに何人かの部員が楽器を組み立てていた。

譜面台が並び、チューニングの音が重なっていく。

夏の光が窓から差し込み、楽器の金属がきらりと光った。

「はい、じゃあ今日からコンクール練習に入ります!」

花恋先生が指揮台に立ち、声を響かせる。

その瞬間、部室の空気が一気に張り詰めた。

そして、先生が席を立ち、一人一人に 楽譜が一枚ずつ配られていった。

タイトルには「たなばた」と書かれている。

結来は譜面を受け取ると、胸の奥が少し高鳴った。

「じゃあ、一回流してみますね」

花恋先生がそう言って、パソコンを操作し、音源を流した。

音楽室に静けさが訪れ、次の瞬間、柔らかな音が広がった。

きれいな旋律が重なり合い、まるで夜空に星が瞬いているようだった。

結来は思わず目を閉じて聞いた。

――私の願い通り、きれいな曲だ。

よく耳を澄ませていると、ユーフォニアムが前に出る場面があった。

低音なのに、しっかりとメロディーを担っている。

「えっ、これ……メロディー?」

結来の胸が一気に熱くなる。

ラッキー!!

心の中で叫びながら、譜面を握る手に力が入った。

「じゃあ、次は実際に合わせてみましょう」

先生の声に、部員たちがざわっと動き出す。

楽器を構え、譜面台を整え、呼吸を整える。

結来はユーフォニアムを抱え、ベルの向こうに先生の背中を見つめた。

初見の合奏。

結来は楽譜とにらめっこしながら、必死に音を追っていた。

ページの先に「ユーフォ」の文字が見えて、胸が少し高鳴る。

――もうすぐ、メロディーっぽいところが来る。

普通の旋律だと思って、息を整えながら待ち構える。

その直前、アルトサックスの音がすっと立ち上がった。

華やかな音色が空気を切り裂く。

「あ、次だ……!」

結来は心の中で身構える。

そして、譜面のその小節に差しかかった瞬間――。

まさかのユーフォニアムのソロだった。

えっ!?ソロ!?

思わず目が見開かれる。

楽譜には確かに「Solo」の文字。

誰も支えてくれない、たった一人の旋律。

ベルの奥から、自分だけの音を出さなければならない。

心臓が早鐘のように鳴り、指が震える。

でも、音を止めるわけにはいかない。

結来は必死に息を吹き込み、旋律を奏でた。

思っていたよりも長いフレーズ。

音楽室の空気が一瞬、自分だけに集まる。

――こんな大役、私に回ってくるなんて。

驚きと緊張と、ほんの少しの誇らしさが胸に混ざり合った。