電車がホームに滑り込んできた。

ヘッドライトがホームの端を照らして静かに止まる。

ドアが開くと、二人は並んで乗り込む。

車内は空いていて、二人並んで腰を下ろした。

「ねえ、文化祭の合奏大丈夫かなー」

「うーん、結構まだばらついてるもんね、、」

結来は、窓の外を眺めながら答えた。

街の明かりが遠くに流れていく。

「でも、最後の盛り上がりはよくない!?」

「わかる!」

電車がいくつかの駅を過ぎたころ、心華が、立ち上がる。

「じゃあまた明日」

「うん、じゃあね」

心華が降りていくのを見送りながら結来は、一人になった車内でスマホを取り出す。

合奏で遅くなってしまったこともあり、車内は、空いていながらも、うるさかった。

高校生の高い声、ドアの開閉音、車輪の軋み。

イヤフォンも取り出し、耳に突っ込む。

Spotifyを起動して、音楽を流す。

それはさっきまで練習していた曲だった。

そして、SNSを起動してさっき、心華がに見られて、慌てて閉じた画面。

先生のアカウント、「karen_lilt3」。

もう一度開く。

投稿は少ない。

どれも飾ってなくて、静かで、シンプルおしゃれ。

電車の空気と正反対。

投稿画面をスクロールしていく。

一番初めの投稿は、楽譜だった。

「このフレーズ好き」

と短く添えられていた。

画面の右上にある「フォローする」の文字が、じっと結来を見ていた。

その下には、ハートのアイコン。

押せば、先生の投稿に「いいね」がつく。

それだけのことなのに、指が動かなかった。

フォローしたら、先生に通知がいくかもしれない。

いいねを押したら、見ていたことが伝わるかもしれない。

それが、なんだか恥ずかしかった。

でも、それだけじゃない。

もしかしたら、先生は―― 見られたくないものかもしれない。

誰かに見せるためじゃなくて、 ただ、自分のために残している言葉や写真かもしれない。

そう思ったら、画面に触れる指が、そっと引っ込んだ。

でも、押したくないわけじゃなかった。

むしろ、押したい気持ちはあった。

先生の言葉が、音楽が、写真が、 どれも結来の中に静かに残っていたから。

画面を見つめながら、結来はそっと指を浮かせた。

でも、押さなかった。

今じゃない。

まだ、もう少しだけこの気持ちを持っていたい。

誰にも知られずに、ひとりで。

電車が次の駅に止まる。

結来はスマホを伏せて、目を閉じた。

イヤフォンから流れる音楽が、先生の言葉と重なって聞こえた。