「今日の合奏、楽しかったあ」

青空の下、駅までの道を並んで歩きながら、結来がぽつりとつぶやいた。  

心華はオーボエのケースを肩にかけたまま、すぐに返す。

「ね!七十二小節目、めっちゃ揃ったよね」  

「私も思った!先生、嬉しそうだった」  

「先生って顔に出るタイプだよね、絶対」  

「うん、あの感じ、わかりやすい」

制服のすそが、そよ風に揺れて、部活の余韻がまだ残っている。  

ふたりの靴音が、夕方の道に静かに響いていた。

「先生といえばさ、あれ意外だったなー」  

心華が言う。

「部屋着でゴロゴロって、めっちゃ意外」  

「しかもホラーに、寝落ちって……ギャップかわいくない?」  

「ちょっとキモいけど、部屋着どんなの着てるんだろ」  

「キモいって(笑)」  

「でも、あのきれいな人がって思うと、ちょっと気になるじゃん」  

「まあ、確かに」

ふたりとも、声を出して笑うわけじゃないけど、口元がゆるむ。

ふたりが笑いながら歩いていたそのとき、前方から水色のブラウスの人が近づいてくるのが見えた。

肩から楽譜バッグ。

歩き方で、すぐにわかった。

「……先生じゃない?」  

心華が小声で言う。

結来は反射的に背筋を伸ばした。  

さっきまで先生の部屋着の話で盛り上がっていたのに、急に現実に引き戻される。

先生はふたりに気づいて、軽く会釈した。

「お疲れさま。今日の合奏、すごく良かったよ」

「……ありがとうございます」  

結来が少し遅れて答える。  

心華は、かすかに頭を下げただけだった。

先生はそのまま歩いていって、すぐに背中だけが見える距離になった。

しばらく沈黙が続いて、心華がぽつりと言った。

「……話しかけられると、急に緊張するね」

「心華って、意外と人見知りなんだね」

「うん。めっちゃ人見知り」

「私も人見知りだからなあ……先生、話しかけてくれるの嬉しいけど、なんかうまく返せない」

「わかる。頭真っ白になる」

ふたりは顔を見合わせて、ちょっとだけ笑った。  

夏の生暖かい風が吹いて、蒸し暑い空気が流れ込んだ。

先生の言葉が、まだ胸の奥に残っていた。