「じゃあ、そろそろ再開します。」

先生が、指揮台に戻る。

部室の空気が、また少しだけ張りつめる。

結来はマウスピースを戻しながら、ちらっと先生のほうを見た。  

さっきの話、なんでもないみたいに話してたけど、なんか、ずっと残ってる。

部屋着で映画観て、途中で寝ちゃう先生。  

そんな姿、想像できないのに、ちょっとだけ見えた気がした。

先生のこと、もっと知りたくなった。  

でも今は、音を出す時間だ。

結来は深く息を吸って、ユーフォニアムを構える。  

ベルの向こうに、先生の背中が見える。  


ユーフォニアムを構えながら、結来は心華のほうをちらっと見た。  

心華はまだオーボエを持ったまま、リードを指先で転がしている。

「ねえ」  

結来が小さく声をかける。

「ん?」

「先生がさ、部屋着で映画観るって……ちょっと想像つかなくない?」

心華は一瞬止まって、それからふっと笑った。

「わかるー。なんか、部屋着ってだけでびっくりした」  

「しかもホラー」  

「しかも寝る」  

「しかもお酒」

二人とも、声を出して笑うわけじゃないけど、口元がゆるむ。

「先生って、もっと……なんていうか、生活感ないと思ってた」  

「うん。おしゃれーな部屋で、紅茶飲んでそうな感じ」  

「わかる、なんか部屋も整ってて丁寧なくらししてそう!」

結来は、先生の横顔を思い出す。

譜面をめくる手。指揮棒を持つ手。  

「……なんか、先生ともっと会話したいかもー」  

「え、恋?」  

「ちがうし」  

「ふふ、ちがうんだ」

「なんで話したいだけで、恋になるのよ」

心華はニヤニヤしてる。  

結来は、ユーフォニアムのベルの中をのぞき込んで、何もないのを確認してから、そっと息を吐いた。