心華はオーボエを抱えたまま、私のほうを見た。

その目はいつもより真剣で、でも、どこか楽しそうだった。

「じゃあ、次の休み時間に聞いてもらおう。」

心華が言い終えたとき、部室の扉が静かに開いた。

花恋先生が入ってきた。

白いシャツの袖をめくりながら譜面を抱えている。

その姿を見て、教室の雰囲気が引き締まった。

「見に来るの遅くなってすみません」

「仕事しながら聞こえてきて来てたけど、みんないい感じだったし、合奏ししてみよっか」

普段なら、合奏は土日だけで、平日は個人練習の日なのに、まさか今日も合奏できるなんて嬉しいかった。

先生が入ってきて、譜面が配られみんなが楽器を構える

私もユーフォニアムを持ち直して、譜面をざっと目で追った。

心華も、オーボエを抱えながら座りなおした。

“先生みたい”って、どういう意味なんだろう。  

心華は、何を見てそう言ったんだろう。

私は、誰かの音に気づけているだろうか。  それとも、ただ吹いてるだけなんじゃないか。

先生の声が聞こえて、みんなが音を出し始める。

 私も吹き始める。  

でも、音の向こうで、ずっと考えていた。


合奏をして数時間がたった時、先生が言った。

「唇の休憩のために、5分休憩取ります」

先生の声が部室に響いて、みんなが一斉に楽器を置いた。

金管は口元を押さえて、木管はリードを外して、空気がふっとゆるむ。

結来はユーフォニアムのマウスピースをそっと外して、タオルで口元を押さえた。

熱が甚割と残る唇に少し達成感を感じる。

心華はオーボエのリードを見つめながら、何か考えてるみたいだった。

たぶん、リードの調子を気にしてる。

ダブルリードは値段が高く、それに折れやすい。

部活の時の目つきは真剣でかっこいい。

そのとき、先生がぽつりと言った。

「そういえば、先週ホラー映画観たんだけどね」

、、、え?

誰も反応しない。

というか、誰も先生が話し始めたことに気づいていない。

というか、先生ってそういう話する人なんだ、、。

「あのーなんだっけ、最近流行ってるホラーのやつ。タイトル忘れたけど」

心華が顔を上げた。  

「え、先生ホラー観るんですか?」  

「うん。ゴロゴロしながらー」

部屋着で、ゴロゴロ、ホラー

先生のイメージに全くなかった単語が入ってきて、驚いた。

「え、もしかしてそれって『霧の中の家』ですか?」

誰かが声を上げる。
 
「あ、そうそれ!」

「え、山奥の一軒家に迷い込むやつですよね!私怖くて途中でやめました~」

別の誰かが笑いながら言う。

「先生も最後まで見てないんだよねーお酒飲みながらだったから寝ちゃって」

「寝たんだ……」  

結来は、口元を押さえたまま先生のほうを見た。

部屋着で映画見て、途中で寝ちゃう先生。

そんな話はしない、完璧できれいな先生だと思ってた。

けど、そのギャップがうれしかったし、可愛いかった。

先生は、譜面をめくりながら、次のことを考えている横顔は、いつも通りきれいで整っているけどちょっとだけゆるく見えた。