翡翠の一輪花【完】



「……帰ってきてくれて、よかった」



その言葉が、ストンと胸に落ちた。
胸の奥が、じわっと熱を持つ。

何か言おうとしても、言葉が出てこない。


ただその空気に、少しだけ身を預けそうになった────その瞬間だった。






「葵さまっ……!!」


その場にそぐわない、ふわふわとした高めの声が響いた。


一瞬で、宴会場中の視線がそちらへ向く。


そこにいたのは、華やかな着物姿の少女───。

ぱっと見で分かるほどの“場違いなほどの育ちの良さ”。
きょろきょろと周囲を見回しながら、嬉しそうに笑っている。




「やっと、見つけましたっ」


無邪気な声。
そのまま当然のように、葵の隣へ駆け寄る。


「もうっ、葵さまったら、すぐにどこかいっちゃうんですから……!!」

「……」


葵の表情が、一瞬だけ止まる。
さっきまでの柔らかさが、少しだけ薄れる。



「勝手に動くな」


短い声。
でも怒ってはいない。

ただ、慣れたやり取りみたいな響きだった。

少女は一瞬きょとんとして、それから笑う。



「でも~、一緒に行く約束だったじゃないですかぁ」

「仕事だ」

「分かってますけどぉ」


ふくれっ面。
その仕草は完全に子供のそれだった。

……いや、傍から見たら”かわいい”仕草なのかもしれない。


────だけど。
そのやり取りを見ていると、胸の奥が小さく引っかった。





(………誰、だろう)


私がまだここにいたころ……五年前には、ここに私のほかに女はいなかったのに。
────いや、分かっている。


ここにいることを許される女は、お嬢か………あるいは、幹部以上の婚約者だけだ。


さっき言われた言葉が、ゆっくりと意味を持ちはじめる。
――婚約者、なのかな。

いや、きっとそうなんだろう。




「で、えっと……」



少女がようやくこちらに気づく。

ぱち、と瞬きをしてから、にこっと笑った。


「この人が、葵さまの“お知り合い”ですか?」


別に悪意があるわけでも、嫌味でもない。
……ただ本当に、知らないだけの声。



「初めまして!」


ぺこり、と丁寧に頭を下げられる。



「葵さまの婚約者の、小鳥遊花梨ですっ」


その一言は、あまりにも純粋で真っ直ぐで。
………余計に、深く心に突き刺さった。