由里は母が目を覚ますまで病室にいた。

リアムはホテルで打ち合わせがあるので先に帰った。

病室は個室でソファーベットもあるので由里が泊まるのも可能だが、今日は何も持ってきていないので

「明日また来るね」

と言ってホテル帰った。

それから毎日由里は母の病室に通った。時々泊まったりもした。

母に幼い頃のことを話してもらったり、由里は裕司や笹森そしてシスターマザーや施設の子供達との暮らしを話して聞かせた。

5日目に母の容態が急変して昏睡状態に陥った。

由里はそのあとずっと付き添ったが、その2日後に意識が戻ることなく静かに息を引き取った。

きっと由里にすべてを話して許しを請い由里の笑顔をみて、安心したのだろう。

意識をなくす前に、もう何も思い残すことはない。

由里がリアムという素晴らしい人に愛されて望まれて、ほんとにうれしいと言って涙ぐんだ。

あんなにハンサムな人初めて会ったと言って笑っていた。

前の病院でリアムが初めて現れたとき病室の皆が天使が来たと言ったらしい。

母も自分はもう死んでしまってここは天国なのかと思ったと言って、リアムと由里を笑わせた。

リアムは照れに照れて顔を真っ赤にしていた。

この病院でもリアムは人気があった。

リアムが来ると病室に用もないのに看護師さんが、なんだかんだとやってきたらしい。

“娘の旦那さんになる人なのよ。ニューヨークで事業をしているんだけど今度カサブランカ東京というホテルをオープンするらしいのよ。また行ってみてね”

と言って母は婿自慢していたと言っては、リアムを喜ばせていた。

婿自慢というのがお気に召したみたいだ。

母の葬儀を終え遺骨は近くの寺で永代供養にしてもらった。

病室で母を撮った写真は一枚、二人で母の体調がいいときに車いすに座る母と庭で撮った写真が数枚、それが母と娘の時間の想い出の全てだった。

末期がんで入院するときにアパートも解約しすべてを始末して、由里のアルバム数冊と貯金通帳数枚と下着くらいしか持ってこなかったらしい。

すべてを諦めて60年の人生の大半を、人を殺めて娘にも辛い思いをさせてきた事への償いの日々を生きてきた母の潔ぎ良い幕引きだったと思う。

由里に会って許されたと思ったのだろう長く苦しい償いの日々に終止符を打てて、きっと母はほっとしていることだろう。

願わくば孫を抱かせてあげたかったし、もう少し一緒の時間を過ごしたかった。

でもこれがたった1週間の期間が、母と娘の最後に交差した時間だったのだろう。

母がいつも由里を見つめていてくれたことを幸せに思う。

そして母にとってもそれが生きがいであり幸せの形であったならうれしい。

自分の真っ白な戸籍の後ろにいてくれた母と父の姿を知ることができて、由里は嬉しかった。

そして自分を貶めた悪夢の原因が実の父親の仕業ではなかった事を、知った事に安堵した。

もう悪夢に悩まされることはないと確信できた。

母を探してくれたリアムには心から感謝した。