横浜の大学のHPにはまだ由里の卒業の時の総代のスピーチが載っていた。
彼女はそこで自分は児童養護施設の出身であることを最初に話している。
そして自分がこうして総代になれたのも、施設の皆の心のよりどころになりたいと言う思いがあったからだと語っている。
どんな状況でも努力をすれば必ず未来は、みんなに平等に広がっていることを自分と同じ境遇にある子供達に信じてほしかったのだと訴えていた。
施設の職員の方々に心からの感謝を述べ自分は天涯孤独で戸籍には自分一人の名前しかない。
でも施設の仲間や職員の人たちが自分の家族となってくれたことはとても誇らしいと言っていた。
自分は勉強が大好きだ。8歳で施設に引き取られるまで学校には行ったことがなかったので、とにかく学校に行けることがうれしくて仕方なかった事、知識が増えることは自分にとっては何にも代えがたい宝物だと思っている事、自分にとって学校に行き先生に知らないことを教わることがとてもありがたいことだったのだ。
8歳で施設に引き取られたときは、字を書くことも読むことも簡単な足し算引き算も何もわからなかった由里に、2歳年上の兄のような仲間が字を教えてくれて、2年生までの算数も教えてくれたので、自分の年齢にあった学年に入学できた。
それ以後は、彼は由里の兄になってくれていつも由里を守ってくれた。
彼は由里が横浜の大学に合格したとき、自分はこのままではいけないと仕事の傍ら勉強して、2年後見事に由里と同じ大学に奨学金を得て合格したといっている。
自分の存在がそんな彼の生き方に影響したのはうれしい限りで彼は今2年生にいるんだと嬉しそうに語っている。
知識を得ることが素晴らしい事、そして私達の前には無限の可能性が広がっている。
それは、親がいないとか生まれがどうだとかそんなことは関係ないのだ。
知識は生きる上での力になる。だから自分は中学生の頃から一度も一番は譲ってこなかった。
親がいなくても、施設育ちでも努力次第で一番に成れるのだと仲間たちに証明したかったからだと言った。
でもここからは、本当の意味での自分の人生の始まりなのだから、前を向いて顔を上げて、これからも努力を忘れず慢心せずに、いつも挑戦して生きていきたい。と締めくくっていた。
彼女はそこで自分は児童養護施設の出身であることを最初に話している。
そして自分がこうして総代になれたのも、施設の皆の心のよりどころになりたいと言う思いがあったからだと語っている。
どんな状況でも努力をすれば必ず未来は、みんなに平等に広がっていることを自分と同じ境遇にある子供達に信じてほしかったのだと訴えていた。
施設の職員の方々に心からの感謝を述べ自分は天涯孤独で戸籍には自分一人の名前しかない。
でも施設の仲間や職員の人たちが自分の家族となってくれたことはとても誇らしいと言っていた。
自分は勉強が大好きだ。8歳で施設に引き取られるまで学校には行ったことがなかったので、とにかく学校に行けることがうれしくて仕方なかった事、知識が増えることは自分にとっては何にも代えがたい宝物だと思っている事、自分にとって学校に行き先生に知らないことを教わることがとてもありがたいことだったのだ。
8歳で施設に引き取られたときは、字を書くことも読むことも簡単な足し算引き算も何もわからなかった由里に、2歳年上の兄のような仲間が字を教えてくれて、2年生までの算数も教えてくれたので、自分の年齢にあった学年に入学できた。
それ以後は、彼は由里の兄になってくれていつも由里を守ってくれた。
彼は由里が横浜の大学に合格したとき、自分はこのままではいけないと仕事の傍ら勉強して、2年後見事に由里と同じ大学に奨学金を得て合格したといっている。
自分の存在がそんな彼の生き方に影響したのはうれしい限りで彼は今2年生にいるんだと嬉しそうに語っている。
知識を得ることが素晴らしい事、そして私達の前には無限の可能性が広がっている。
それは、親がいないとか生まれがどうだとかそんなことは関係ないのだ。
知識は生きる上での力になる。だから自分は中学生の頃から一度も一番は譲ってこなかった。
親がいなくても、施設育ちでも努力次第で一番に成れるのだと仲間たちに証明したかったからだと言った。
でもここからは、本当の意味での自分の人生の始まりなのだから、前を向いて顔を上げて、これからも努力を忘れず慢心せずに、いつも挑戦して生きていきたい。と締めくくっていた。



