施設内の個室は、主に利用者さんのご家族と面談する際に使われる。そのお客様の席で制服姿の警察官が二人、まるで取り調べみたいな威圧感を放ちながら、神妙な面持ちで私と向き合っていた。ヤバい話かと思いきや謝罪とお礼だなんて、脱力する。
「昨夜の男性、大貫(おおぬき)千(せん)という男ですが――」
 大貫、千。千。本名か?
 ホストみたいなビジュだったから、源氏名かと疑ってしまう。でも警察なら本名くらい簡単に調べられるか。センという響きが似合いそうな、はかなげな男だった。昨夜のことを思い返しながら、私は小さく頷いた。
「――まず住居の侵入に関して。住居侵入と窃盗未遂で処理させてもらっていますが、詳しい当時の状況を確認させていただきたくて、またお部屋にお伺いしたいのです。その際、もし浅野さんが問題なければ、現地に大貫を連れて行ってもよろしいでしょうか」
「え、……え?」
 加害者を被害者宅へ連れてくる?
 ドン引きする私の顔を見て、警察官が慌てて言葉を付け足す。
「もちろん、断ってくださって構いません。ただ大貫の強い希望がありまして。実況見分に伺う際、もし可能なら、直接謝罪とお礼がしたいと。実際、大貫は浅野さんが救急要請してくださったおかげで、命の危機を乗り越えました。いかがですか」
 昨夜の、大貫という男の様子が頭に浮かぶ。
 刃物を突き付けられたものの、本当に危害を加えようとする様子ではなかった。それどころか、すぐに謝って――そうだ、あの時あの大貫とかいう男は『仕方なくて』と言っていたじゃないか。憂を帯びた大貫の顔を思い出す。仕方なく住居に侵入して刃物を突き付けるような理由があるのだとしたら、聞いてみたい。本当に悪い人なのか、確認したい。
 しばらく考えて顔を上げた私に、警察官が微笑みかける。
「大丈夫ですよ。浅野さんのことは我々がお守りしますので、安心してください」
 その一言に背中を押され、私は警察官の提案を受け入れた。