玄関を開けたら、血まみれの男がいました

「なっ、なっ」
 なんで。どうして。なんなの。
 言いたいことが喉の奥でこんがらがる。
 男はそんな私を見てニヤニヤ笑った。
「まあ、いいんだよ、引っ越したことはよぉ。なあ、神奈チャン。俺の女になれよ。俺んち来て、一緒に暮らそうぜ。可愛がってやるからよぉ」
 男の手が私の肩から胸のあたりまで伸びてきて、肩を組む姿勢のまま胸をわしづかみにされた。
 ショックで身体中に稲妻が走る。麻痺したみたいに動けない。
 なんなの、この男。
 なぜ私に絡むの。
 私の何を知っているの。
 男はそのまま腕に力を入れ、私を男の方へ引き寄せる。転びそうになった私は、引きずられるように男の進路通りに足を進めるしかなかった。
 私の頭に、血まみれになった大貫の姿が浮かぶ。
 刃物で刺された大貫。そのまま犯罪を強要された大貫。
 もしかして、私も刺される?
 心臓がバクバクする。速まる私の呼吸の合間に、男の「ヒヒッ」と笑う声がする。
 ついて行きたくなんかない。それなのに、まるで男に催眠術でもかけられたかのように足が動いた。抵抗したら殺されるかもしれない。そんな恐怖に溺れそう。足が勝手に男に従う。
「俺、一目惚れしたんだよ。歩いてる神奈チャン見て、可愛いなぁ、おっぱい大きいなぁって。げへへ」
 男が下品に笑い、つばが飛んだ。
 鼓動が速すぎて息が吸えない。
 男が何を言っているのか理解できない。
「それでさぁ、神奈チャンのこと知りたくて、いろいろ調べたんだぜぇ。部屋の合鍵作ったりよぉ、神奈チャンの私物集めたりよぉ。せっかく部屋に侵入させたのになんの収穫も無かったのはクソだったけどな」
 今の話は大貫の空き巣のことだ、とピンときた。
 なんの収穫もなかった?
 クソだった?
 何が?
 私の身体が小刻みに震える。恐怖ではない。怒りが全身にいきわたる。
 大貫に怪我をさせて、心を傷つけ、クソ呼ばわり?
 ありえない。
 ふざけるな!
 そう思った瞬間、男が道路の脇に吹っ飛んだ。つられて転んだ私も、歩道に手をつく。