玄関を開けたら、血まみれの男がいました

「浅野さん、またご飯止まってる」
 指摘された私は「あ、うん」と間抜けな声を出すことしかできなかった。
 大貫に奪われた心がなかなか現実世界へ戻ってこない。
「まったく。浅野さん、こういうとこ子どもっぽいよね」
 大貫はそう言って立ち上がり、私に近づいた。
 私が持っていた箸を奪い取り、おかずのじゃがいもをつまんで、そのまま私の口へ押し付ける。
「はい、あーん」
 大貫が大人っぽい顔をしてそんなことをするから、私は言われるがまま口をあけ、小鳥のように餌付けされれしまった。
「甘えんぼだなあ」
 大貫が呆れたように口角をあげる。
 頬が熱い。
 なんなのよ、この恋人みたいな行動は。
 大貫はいつもこうだ。
 こうやって私の心を奪って、甘やかして、もっともっと私の心を奪うくせに、恋人ではない。
 そう。恋人ではないのだ。
 え、恋人ではない?!
 びっくりした。本当に嫌になる。
「美味しい?」
 大貫は私の気持ちなど露知らず、甘ったるく笑って尋ねる。私だけを見つめる大貫の瞳から目が離せない。王子様系アイドルみたいじゃないか。
 自分がニヤけているのが、表情筋の引きつれ方でわかる。
「……美味しい」
 素直に美味しいというのも癪だったけれど、美味しいと言って喜ぶ顔もみたい。キラキラ輝く大貫の笑顔を見るだけでご飯三杯はいける。
 けれど大貫は私の答えを聞くと、目の光を消した。
「だったら、もっと早く帰ってきてよ。熱々のほうが美味いんだからさ。独りで食べるより一緒の方が美味いし」
 そんな不満を、珍しく大貫が漏らす。
 私は目を丸くした。