大貫は私に「お詫びにこの家を好きなだけ使ってください。家賃もかからないし」と言った。安月給の介護職員としてはありがたい申し出だ。男女二人のルームシェアが成り立つのか? という疑問を除けば、願ってもみない幸運である。
 大貫はさらに「俺、家事得意だし、時短勤務だから、家事は俺が担当します」と言った。
 魅力的すぎた。家のことを全部まかせた上に、家賃もかからない。特大のメリット。しかも大貫は顔も良いから、うっかり恋仲になってしまっても何も困らない。
 どう考えても断る理由などなかった。
 だから私はあっさり自分のアパートを解約した。
 だがしかし、たまに疑問に思う。これは一体どういう状況なのか、と。
 家事にいそしむ大貫の後ろ姿は色気が強い。
 なぜ一緒に生活しているのか。
 恋人でもないのに。
「浅野さん、明日の帰りは早い?」
 洗い物を終えた大貫が振り向いて私に聞いた。タオルで手を拭くさまさえ、アイドルのトレカみたいにセクシーで困る。
 私は邪念を振りほどくように目を閉じ首を横に振った。
「今日と同じくらいだと思う。また先にご飯食べて。そしたら絵を描く時間も確保しやすいでしょ」
 私の話に大貫はしばらく沈黙してから、小さく「うん」と答える。
 どこにそんな間を持たせる必要があったのかわからないが、とりあえずここしばらくは毎日こんな調子だった。
 時短勤務で早く家に帰り、ご飯を作って先に食べ、それから絵に集中する大貫。
 残業して帰ってきて、作り置きのご飯を食べる私。
 お互い無駄な干渉はしていないはずなのに、大貫の顔は暗い。
「なんか文句ある?」と尋ねる私に、大貫は「いや、別に」と答えるだけだった。