「大貫くん、ちょっと休憩しよ」
 午後になって、私は大貫に声をかけた。
 休憩を一切取っていなかった大貫は時計を確認してびっくりしている。
「もう2時?」
「そうだよ。お弁当買ってきたから一緒に食べよ」
 私は施設の二軒隣にある弁当屋で買ってきた幕の内弁当をひとつ大貫に手渡した。大貫の手は側面がペンで黒く染まっている。
「大好評だね、塗り絵。すごいじゃん」
 お茶を淹れながら言うと、大貫はまんざらでもなさそうにはにかんだ。
「こんな大勢に自分の絵を受け取ってもらえると思ってなくて、すげえ興奮した」
「あはは。たしかに興奮が顔に書いてある。顔、めっちゃ赤いよ」
「え、ガチ? 恥ず……」
 大貫は片手で自分の頬を撫でた。その反動で指についていたペンの汚れが頬に付き、頬に黒い縦じまが入る。
「ああ、ああ。なにやってんの。綺麗な顔がもったいない」
 私は弁当についてきたおしぼりで大貫の頬を拭いた。
 無意識だった。
 利用者さんの顔を拭く感覚で、なにも考えず手を伸ばした。
 だけど相手は大貫で、大貫は私にいきなり頬を拭かれたことに驚き、私の手を掴んでフリーズする。
 それを見て、私も我にかえる。
 何してんだ、私。若い男をむやみやたらに触って。
「ご、ごめん」
 手を引っ込めようとしたけれど、大貫の手が力強く私の腕を引いている。
 なぜだ。
 理解できず、私は眉を寄せた。遠くから大音量のテレビの音がする。
 ざわめきの中、大貫は形の良い目を私に集中させた。
 じっと見つめる大貫の瞳に、私の姿が映る。