玄関を開けたら、血まみれの男がいました

 大貫の手を取ってダイニングへ。
 おばあちゃんの邪魔にならないよう、少し離れたところで立ち止まり、大貫の腕を肩で小突く。
「見てよ、あの嬉しそうなおばあちゃんの顔。大貫くんの絵、『ハイカラだねえ』ってすごく喜んでたよ」
「ほんと?」
 大貫はおばあちゃんから目が離せなくなっていた。
 いくつもの色鉛筆を握り締め、鼻歌交じりに楽しそうに色を塗るおばあちゃん。塗った絵を少し遠ざけてみたり、色を悩みながら決めたりしながら、自分の世界を築き上げていく。
「あんなに嬉しそうに塗り絵することなんて、ほとんど無いよ。いつもルーティンワークで、やらされてる感じ。でも今日は子ども時代に戻ったみたいに楽しそう。大貫くんの絵のおかげだよ」
「俺の絵の、おかげ」
「そう。大貫くんに頼んで良かった」
 そう言ったら、隣にいた大貫の手が震え出した。
 何事かと思って見上げた大貫の顔に、ツゥッと一筋の涙が伝う。目が赤い。口をへの字にして、感極まる衝動を抑えているように見えた。
 私は大貫の背中をポンッと叩いた。
「良い絵、描くじゃん。自信持ちな」
 ニヤッと笑いかける。そんな私を大貫は見もしないで、声を押し殺して泣いていた。
 可愛い奴。
 私はまたポンポンと大貫の背中を叩いて、到着したばかりの別の利用者さんの元へ向かった。背後で鼻をすする音が聞こえる。
 この日、塗り絵は大盛り上がりだった。
 おばあちゃんが塗っているのを見て、他の利用者さんたちも次々に塗り絵を始めていく。幾何学的な絵に「なにこれぇ、変な絵だねぇ」と正直すぎる感想を漏らしながら、「でも楽しいわコレ」とか言って、塗り絵大会が繰り広げられた。
 次から次へと消費される塗り絵。
 スタッフルームで缶詰め状態になっている大貫は、それに負けないほどハイペースで線画をいくつも仕上げた。
 額に汗をにじませ、生き生きとペンを走らせる大貫はスタッフの視線を独り占めしている。
 黙々と描く大貫の口角はずっと上がっていた。相当楽しいらしい。スタッフたちも大貫の邪魔をしないよう、話しかけることをしない。スタッフルームは簡易的なアトリエと化した。