「おはよう。定時になったら休憩室に来てくれないか?」
朝、給湯室でタンブラーにコーヒーを落としていると、低い声がかけられた。
思わずポットのお湯を注ぐ手を止めて振り返る。
そこには鷺沼が立っていた。濃紺のスーツに、同系色のネクタイを締めている。
どことなく昨日より高級感のあるスーツに見えた。
「お、おはようございます」
おずおずと挨拶を返すと、鷺沼は表情を緩めた。
「昨日は傘、ありがとう。今持ってくれば良かったんだが、この後客先に行かなければならなくて」
「そんな、いつでも良いですよ」
気合いの入ったスーツは仕事の大きさを感じさせた。そんな一大事の前に、自分の傘なんて些細なことで気を遣わないでほしい。美咲は慌ててそう伝えたが、鷺沼は小さく首を振った。
「午後には戻ってくるから。時間をもらって申し訳ないが」
「いえ。わざわざすみません。気をつけて行ってらしてください」
美咲がそう口にすると、鷺沼は目を見開いた。
一瞬沈黙が生まれて、美咲はつと首を傾げる。
鷺沼はそんな美咲にふっと笑みを浮かべる。
そして「ありがとう。行って来ます」と、給湯室を後にしたのだった。
昨日に引き続き、雨の一日だった。
霧雨のような細かい雨だ。窓から外を見ても、降っていないのでは、と思ってしまうほど、粒が小さい。帰る頃には止むかもしれない、と一抹の望みを抱いて折り畳み傘で来たけれど、残念ながら定時を迎えた今も小雨は降り続いていた。
朝、給湯室でタンブラーにコーヒーを落としていると、低い声がかけられた。
思わずポットのお湯を注ぐ手を止めて振り返る。
そこには鷺沼が立っていた。濃紺のスーツに、同系色のネクタイを締めている。
どことなく昨日より高級感のあるスーツに見えた。
「お、おはようございます」
おずおずと挨拶を返すと、鷺沼は表情を緩めた。
「昨日は傘、ありがとう。今持ってくれば良かったんだが、この後客先に行かなければならなくて」
「そんな、いつでも良いですよ」
気合いの入ったスーツは仕事の大きさを感じさせた。そんな一大事の前に、自分の傘なんて些細なことで気を遣わないでほしい。美咲は慌ててそう伝えたが、鷺沼は小さく首を振った。
「午後には戻ってくるから。時間をもらって申し訳ないが」
「いえ。わざわざすみません。気をつけて行ってらしてください」
美咲がそう口にすると、鷺沼は目を見開いた。
一瞬沈黙が生まれて、美咲はつと首を傾げる。
鷺沼はそんな美咲にふっと笑みを浮かべる。
そして「ありがとう。行って来ます」と、給湯室を後にしたのだった。
昨日に引き続き、雨の一日だった。
霧雨のような細かい雨だ。窓から外を見ても、降っていないのでは、と思ってしまうほど、粒が小さい。帰る頃には止むかもしれない、と一抹の望みを抱いて折り畳み傘で来たけれど、残念ながら定時を迎えた今も小雨は降り続いていた。


