あなたと私を繋ぐ5分

 駅近の物件を選んで良かった、と思いながら美咲はアパートに駆け込んだ。

 置き傘は折り畳み傘だったから、どうしても強い雨を避けきれず、カーディガンの袖は濡れてすっかり色が変わっている。カーディガンを脱ぎ、お風呂にお湯を溜めながら改めて今日一日を思い返して不思議な気分になった。

 今日初めて話した鷺沼と、まさか終業後にもう一度会話を交わすことになるとは思わなかった。
 しかも傘を貸すなんて思い切ったことを、よくしたものだと思う。

 噂はだいぶ大袈裟に広まっているらしい。もちろん部下になったら厳しい上司なのかもしれないけれど、普通に会話する分には、とても氷の王子とは思えない人だった。
 思い込みで尻込みしなかったことを、素直に自分を褒めたいと思った。その行動の結果が、他人のためになったのだとしたら、さらに嬉しい。

 感謝されたいわけじゃない。自己満足だ。でもそれが誰かのためになるならWin-Winだ。
 そう思えるようになったのは、多分、ポッドキャストを聞くようになったからだ。
 自分のしたことが、誰かに届くかもしれない、と思えるようになったから。

 噂でしか知らなかった人の、違う一面を知ることができたのは、幸せのかけらになるだろうか。

 美咲はふと考え込んだ。
 でももし、鷺沼に傘を貸したことがほかの社員に知られたら、気まずいかもしれない。
 皆、表立って話しかけないけれど、氷の王子の隠れファンは多いのだ。彼女たちは共同戦線を張り、遠くから眺めることにしている。抜け駆けだと責められるかも。
 ぞくりと寒気を感じて、風邪をひかないように早く眠ろうとお風呂へ向かったのだった。