「すまないが、今の時間でも資料保管庫の鍵は借りられるだろうか?」
「あ、はい!」

 鷺沼の声で我にかえり、美咲は慌てて席を立った。

「申し訳ありません。端末が起動するまで少々お待ちいただけますか?」

 慌ててカウンターに設置されたタブレットの電源を入れる。
 嫌味のひとつでも言われるかと思ったが、意外にも鷺沼は小さく頷いた。

「悪いな、こんな早くに」
「いえ」
「ダメ元で来たんだが助かった」

 素直な言葉が聞こえてきて、思わずタブレットを操作する手が震えた。

「お役に立てたのならよかったです。ではすみません、ご確認いただいた上でこちらにサインを」

 タブレットの液晶を鷺沼の方に向けながらタッチペンを差し出す。
 鷺沼がサインを書く間に、美咲はキーボックスから該当のキーを取り出した。

「お待たせしました」
「ああ、ありがとう」

 大きな手のひらを差し出されて、キーを手渡す。かしゃんと音を立てて、鷺沼の手のひらに収まった。

 小さく会釈して、オフィスを出ていく後ろ姿を見つめる。しゃんと伸びた背筋が美しい。
 どんなに怖い人なのかと身構えていたため拍子抜けした。
 もっとも、誰彼構わず威圧するような人が、エースが集まる企画部の課長になれるはずもないのだが。
 
 これも今日の幸せのひとつに数えてよいだろうか。