「いや、ほら、対人関係で気をつけていることとか。藤宮さん、仕事もやりやすいって評判良いし」
「そう、ですか?」
「この前鍵借りた日あっただろ? あの日、総務に返しにいくって言ったら、代わりにいきますって言ってくれる部下が多くて。上司に気を遣ってくれてるのかと思いきや、どうやら藤宮さんに返したかったらしい。雰囲気良いから顔見ると癒されるって言う部下もいたし」
「ええ……?そもそも返しにきていただいた時は私じゃなくて、後輩が対応していましたし。普段もその方が多いと思うんですが……」
「あ、そうなんだ?」
「私も一応中堅なので……。後輩たちが率先してカウンター業務にあたってくれます。あの日も、返却の対応したのは私じゃないですし」
「俺は自分で借りに行くことがないからな」
「確かに、そうですよね」
「いろんな偶然のおかげってことか」
鷺沼はそう呟くと、ふっと遠くを見遣った。その視線を追うと、向こうのほうの空に、暗い雲が浮かんでいる。
「……今日も降りますかね」
「そうかもな。あれ以来、きちんと折り畳み傘を持ち歩くようにしている」
「そうなんですね。いつでも――」
お貸しするのに、と言いかけた自分に、美咲は自分で驚いた。
慌てて、思いついた別の話題を口にする。
「さっきの、座右の銘っていうほどではないんですが。なるべく良いことを見つけたいなって思ってます」
「へえ。良い心がけだ」
「元々はネガティブなんです、私。でも前付き合ってた人に、『話してても愚痴ばかりでつまらない』と言われたことがあって」
「それが、前に言っていた、昔付き合っていた人に言われた消えない言葉?」
よく覚えているな、と思いながら美咲は頷く。
「はい。それ以来、その、いろいろ反省して、ネガティブなことより、幸せなことを見つけて生きていこう、と思ったんです。まだまだですけど」
「そうか。俺もそうありたいと思う。それにしても……君にそこまで思わせるなんて、その男は君に深く愛されていたんだな」
鷺沼はじっと美咲を見つめた。その瞳の深さに吸い込まれそうになり、美咲は慌てて付け加える。
「深く愛していた……のかどうかは、自分でもわからないんです。ただ言われたことが衝撃だったのは事実で。どちらかと言うと、図星を突かれて動揺したのかもしれません。弱音を吐いて甘えさせてもらうことが、当たり前になっていたと言うか。じゃあ私は彼を思いやって支えていたのか? と聞かれると、自信を持って頷けなかったので。元彼はどちらかと言うと愚痴も含めて口数の多い人ではなかったですし」
「甘えてもらえるっていうのは、嬉しいけどね」
美咲はぱちぱちと目を瞬かせた。
冷酷王子から発せられる言葉だとは、思えなかったからだ。やっぱり、本質は違うのだろう。
「そう、ですか?」
「この前鍵借りた日あっただろ? あの日、総務に返しにいくって言ったら、代わりにいきますって言ってくれる部下が多くて。上司に気を遣ってくれてるのかと思いきや、どうやら藤宮さんに返したかったらしい。雰囲気良いから顔見ると癒されるって言う部下もいたし」
「ええ……?そもそも返しにきていただいた時は私じゃなくて、後輩が対応していましたし。普段もその方が多いと思うんですが……」
「あ、そうなんだ?」
「私も一応中堅なので……。後輩たちが率先してカウンター業務にあたってくれます。あの日も、返却の対応したのは私じゃないですし」
「俺は自分で借りに行くことがないからな」
「確かに、そうですよね」
「いろんな偶然のおかげってことか」
鷺沼はそう呟くと、ふっと遠くを見遣った。その視線を追うと、向こうのほうの空に、暗い雲が浮かんでいる。
「……今日も降りますかね」
「そうかもな。あれ以来、きちんと折り畳み傘を持ち歩くようにしている」
「そうなんですね。いつでも――」
お貸しするのに、と言いかけた自分に、美咲は自分で驚いた。
慌てて、思いついた別の話題を口にする。
「さっきの、座右の銘っていうほどではないんですが。なるべく良いことを見つけたいなって思ってます」
「へえ。良い心がけだ」
「元々はネガティブなんです、私。でも前付き合ってた人に、『話してても愚痴ばかりでつまらない』と言われたことがあって」
「それが、前に言っていた、昔付き合っていた人に言われた消えない言葉?」
よく覚えているな、と思いながら美咲は頷く。
「はい。それ以来、その、いろいろ反省して、ネガティブなことより、幸せなことを見つけて生きていこう、と思ったんです。まだまだですけど」
「そうか。俺もそうありたいと思う。それにしても……君にそこまで思わせるなんて、その男は君に深く愛されていたんだな」
鷺沼はじっと美咲を見つめた。その瞳の深さに吸い込まれそうになり、美咲は慌てて付け加える。
「深く愛していた……のかどうかは、自分でもわからないんです。ただ言われたことが衝撃だったのは事実で。どちらかと言うと、図星を突かれて動揺したのかもしれません。弱音を吐いて甘えさせてもらうことが、当たり前になっていたと言うか。じゃあ私は彼を思いやって支えていたのか? と聞かれると、自信を持って頷けなかったので。元彼はどちらかと言うと愚痴も含めて口数の多い人ではなかったですし」
「甘えてもらえるっていうのは、嬉しいけどね」
美咲はぱちぱちと目を瞬かせた。
冷酷王子から発せられる言葉だとは、思えなかったからだ。やっぱり、本質は違うのだろう。


