「課長は相変わらずお忙しいんですか?」
「まあ……。でもタンブラーはちゃんと洗ってるよ」
「よかったです」
「朝、店で淹れてもらうんだから持って帰ってから洗えば良いんだって気づいて。置きっぱなしにしてたら、そのまま化石になってたかもしれないけど」
「なるほど」
会話が途切れる。その間に美咲の注文したとろろそばが届いて、どうしたものかと思っていると「先食べて」と言われた。
「せっかくのそばが伸びるし。それに俺、後から食べはじめても藤宮さんより食べるの早いと思う」
「……そうなんですか」
「うん。早食いって言われる。特に昼休みは」
「早く食べて仕事に戻らないとってことですか?」
「いや、うん、まあそういう意識があるのかも。ちゃんと休憩しなくちゃいけないけど」
だから内緒にしてほしい、と微笑まれて美咲はとっさに目線を逸らした。
「じゃあ、お言葉に甘えていただきます」
と言って箸を手に取った。鷺沼は美咲から目線を外してくれたとはいえ、隣に手持ち無沙汰の他人がいる状態では食べ辛い。
こんなに気を遣って蕎麦を食べたのは初めてだった。普段は自分もわりと早食いだと思うけれど、この状態では確かに鷺沼に抜かされるかも、と思いながらも、汁が跳ねないように気をつけながら箸を動かした。
鷺沼が注文したのは天ぷらそばだった。美咲からわずかに遅れて到着したそれを、宣言した通り、するすると啜っていく。
確かに、食べる速度が速い。
豪快な食べっぷりが気持ちいい反面、自分ばかりが気を遣っているようで少しだけ恨めしい。
結局鷺沼の方が少し早く食べ終わったが、数分の差だったので一緒に店を出ることになった。
会社に戻りながら、一緒に歩いているところを誰か女性社員に見られたら、と考えて背筋を冷たいものがつたった。
なるべく離れて歩こうと思ったのに、どうやら気にも留めていないらしい鷺沼は、美咲が一歩距離を取るごとに、その距離を詰めてきた。
「食べながら藤宮さんのことを考えてたんだが」
地面だけを見て、黙々と動かしていた足が止まる。
「なにか心がけていることはある? その座右の銘とか」
「え?」
美咲は鷺沼を見上げた。
「座右の銘って……」
思わず繰り返すと、鷺沼は頬を掻いた。
「まあ……。でもタンブラーはちゃんと洗ってるよ」
「よかったです」
「朝、店で淹れてもらうんだから持って帰ってから洗えば良いんだって気づいて。置きっぱなしにしてたら、そのまま化石になってたかもしれないけど」
「なるほど」
会話が途切れる。その間に美咲の注文したとろろそばが届いて、どうしたものかと思っていると「先食べて」と言われた。
「せっかくのそばが伸びるし。それに俺、後から食べはじめても藤宮さんより食べるの早いと思う」
「……そうなんですか」
「うん。早食いって言われる。特に昼休みは」
「早く食べて仕事に戻らないとってことですか?」
「いや、うん、まあそういう意識があるのかも。ちゃんと休憩しなくちゃいけないけど」
だから内緒にしてほしい、と微笑まれて美咲はとっさに目線を逸らした。
「じゃあ、お言葉に甘えていただきます」
と言って箸を手に取った。鷺沼は美咲から目線を外してくれたとはいえ、隣に手持ち無沙汰の他人がいる状態では食べ辛い。
こんなに気を遣って蕎麦を食べたのは初めてだった。普段は自分もわりと早食いだと思うけれど、この状態では確かに鷺沼に抜かされるかも、と思いながらも、汁が跳ねないように気をつけながら箸を動かした。
鷺沼が注文したのは天ぷらそばだった。美咲からわずかに遅れて到着したそれを、宣言した通り、するすると啜っていく。
確かに、食べる速度が速い。
豪快な食べっぷりが気持ちいい反面、自分ばかりが気を遣っているようで少しだけ恨めしい。
結局鷺沼の方が少し早く食べ終わったが、数分の差だったので一緒に店を出ることになった。
会社に戻りながら、一緒に歩いているところを誰か女性社員に見られたら、と考えて背筋を冷たいものがつたった。
なるべく離れて歩こうと思ったのに、どうやら気にも留めていないらしい鷺沼は、美咲が一歩距離を取るごとに、その距離を詰めてきた。
「食べながら藤宮さんのことを考えてたんだが」
地面だけを見て、黙々と動かしていた足が止まる。
「なにか心がけていることはある? その座右の銘とか」
「え?」
美咲は鷺沼を見上げた。
「座右の銘って……」
思わず繰り返すと、鷺沼は頬を掻いた。


