あなたと私を繋ぐ5分

 それ以来、美咲は鷺沼と顔を合わせる機会が増えた。

 これまでも実はすれ違っていたのに、互いに気づいていなかったのかもしれない。
 けれど顔見知りになった今、すれ違えば挨拶をするし、エレベーターで乗り合わせれば会話もする。

 最初はまわりの女性社員の目が気掛かりだったけれど、あくまで挨拶をしているだけなので、気にせずそのまま続けていれば、いつしか他の社員も鷺沼と挨拶を交わすようになった。
 鷺沼とて、挨拶を無視するつもりは元からなかったのだろう。他の――主に女性社員から――声をかけられても丁寧に「おはようございます」と返していた。
 ただ、そこでプライベートの話を続けた人に対しては、相変わらず周囲の温度を氷点下に下げかねない対応を取っていたけれど。

 美咲には「おはよう」と比較的フランクに声をかけてくるのが、やはり他の社員と違うといえば違うのかもしれない。
 それに対して特別な喜びを抱かないように気をつけなければ、と自らに言い聞かせる日々だった。

 定時株主総会まで二週間に迫ると、さすがに早起きできた日だけ早く出社するというわけにもいかなくなり、美咲をはじめ総務部の人間は、毎日のように早出や残業をするようになっていた。
 他の部署に比べれば、普段の時間外勤務が少ないせいもあり、一年に一度の繁忙期くらいは皆、割り切って業務に集中するようにしている。

 とはいえ、毎日の勤務時間が長くなれば当然疲労も溜まる。仕事に取りかかる前に、給湯室で日課のコーヒーを淹れようとしていたときだった。

「おはよう」

 低い声が背中にかけられて、弾かれたように振り返る。

 そこには、鷺沼が立っていた。

「おはようございます」
「今日も早いな」
「総務は今追い込みなので……。鷺沼課長こそ、いつも早いじゃないですか」
「最近は、早く帰ろうと思って。その分、早く出社してる」
「それじゃ、働く時間は変わりませんね……」

 そう言うと、鷺沼は苦笑いを浮かべた。

「でも早寝早起きのほうが、なんとなく健康的な気がするから」
「確かに……?」

 首を傾げながら、ドリップバックをセットする。

「藤宮さんは、コーヒーをストックしてるの?」
「はい。デスクに色々な種類を置いていて……。あ、でもこれは誰でも飲めるものですよ」

 そう言うと、今度は鷺沼が首を傾げたので説明する。

「お客様からいただいたコーヒーとかお茶とか、ここに置いてあるんです。誰でも飲んでいいですよ、と各部署にお伝えしているはずなんですけど……」

 鷺沼の表情を見て、ちゃんとお知らせが通達されていないのだと悟ってしまった。苦笑いを浮かべていると、「いや、でも俺がちゃんと聞いてなかっただけの可能性も高いから」とフォローされる。