あなたと私を繋ぐ5分

 今日も仕事は山積みでまだ帰れそうもない。同じ部署の大半の人間がまだ残っている。

 美咲は財布とスマートフォンだけを持って休憩室に向かった。
 ついでに甘いミルクティーでも買って、気分転換しようと思ったのだ。

 定時過ぎにわざわざ休憩室を訪れる人間はそういない。飲みものを買うにしても、手前のエレベーターホールで事足りるからだ。
 しかしガラス戸を押し開けたところで、話し声が聞こえて来た。
 珍しいな、と思いながら一歩足を踏み入れ、その場で思わず立ち止まった。

「鷺沼課長のこと、ずっと好きだったんです」

 可愛らしい女性の声だった。
 入ってすぐの場所に並ぶ自販機のせいで、女性の姿も、そこにいるであろう鷺沼の姿も見えなかった。美咲は咄嗟に、自販機の陰に身を隠していた。

「すまないが……」

 鷺沼の低い声が響く。とりつく島もないほど、間髪入れずに告げられた断りの常套文句だった。
 しかし「どうしてですか。何か条件があるなら、教えてください。私、鷺沼課長のこと本当に好きなんです。言われた通りの恋人になりますから」

 可愛らしい声とは裏腹にガッツのある女性のようだった。予想外に食い下がる彼女に、美咲は思わず拳を握りしめた。

「俺は君の名前も知らない。そもそも俺は会社に仕事をしに来ている。職場で恋愛をしようとは思わない」
「そんな……」
「申し訳ないけれど、絶対に君とは付き合わない」

 暗に職場で告白してきたことを批判するように聞こえた。

 そこまで言わなくても良いのでは、と美咲は内心ハラハラしながら成り行きに耳をそば立てていた。
 鷺沼はお茶や食事に誘っても絶対に断るだろうから、社外でまず会うことが難しいだろう。社内でも誘えないとなったらそれはつまり、もう最初から相手にする気がないということだ。

「わかりました。もういいです!!」

 やがて怒鳴るような声が聞こえてきて、そのままばたばたと美咲の横を女性が通り過ぎていった。
 美咲には目もくれなかったから、ここにいたことはバレていないだろう。ほっと息を吐いた瞬間、

「あ……」

 自販機にコインを入れようとしていた鷺沼と目が合った。

「す、すみません……」

 咄嗟に頭を下げる。

「盗み聞きしようと思ったわけじゃなかったんですけど、その、出ていくタイミングを掴めなくて」
「いや。別に。でもまあ、こういうことがあるから、社内ではやめてほしいんだけどな」

 鷺沼はやれやれ、と肩をすくめた。
 確かに、社内の人間に告白されるシーンを見られるのは気まずい。今回の場合は、相手が気づいていないようだったからまだしも、居合わせたことが本人にも知られたら、振られた彼女のことも気遣わなくてはならなくなるし。