八重が踵を返そうとすると、染井組長が止めた。


「いえ、せっかくお出でくださったのですから、ごゆっくりなさってください」
「でもおじ様、お忙しいのでは……?」
「構いません。那桜、お嬢様を丁重にもてなせ」
「はい」
「私はこれで失礼しますが、愚息をよろしくお願いします」


 染井組長は恭しくお辞儀をすると、そのまま立ち去っていった。
 八重に対しては丁寧だが、その堂々たる風格は染井一家という巨大組織を束ねる長としての威厳に満ち溢れている。


「八重姫、客間へ案内します」
「ありがとうございます。あの、お邪魔してしまい申し訳ございません」
「大した話はしてなかったのでお気になさらず。それより何かあったんですか」
「こちらを、那桜さんにお渡ししたくて参りましたの」


 八重はラベンダー色のラッピング袋を差し出す。
 那桜はすぐに察したのか、穏やかな笑顔で受け取った。


「ああ、毎年ありがとうございます。今年は――クッキーですか」
「ジンジャークッキーにしてみました」
「ジンジャーの良い香りがしますね。毎年お気遣いいただきありがとうございます」