まず、八重は一人で出歩くことができない。
 過保護な父から一人での外出は禁じられており、必ず専属SPが護衛につくことになっている。

 その場合、横浜まで送ってもらうことになるのだが、SPの前で明緋にクッキーを渡すのは憚られる。
 もし男子にクッキーを渡すことが目的だと知られたら、必ず父の耳に入ることになるだろう。

 そうなった場合のことを考えると、嫌な想像しかできない。
 かと言って一人で抜け出すなど言語道断だ。
 それが許されない立場であることは、八重自身重々承知している。


「……奥の手を使うしかありませんわね」


 八重は車を出してもらい、染井一家の邸宅へと向かった。
 日本家屋の立派な豪邸である染井一家の総本山は、易々と他人を招き入れることなどない。

 しかし、八重は別である。


「那桜さん、こんにちは」


 車のナンバーで識別され、当たり前のように中へ通された。
 いつ訪ねても物々しい雰囲気を漂わせているが、とっくに慣れてしまっていた。


「八重姫」


 那桜とその隣には那桜の父である、染井一家組長の姿もあった。


「八重お嬢様、いらっしゃいませ」
「お邪魔いたします。ですがすみません、出直しますわね」