八重は心を鬼にして、彼との間に線を引いた。
嫌われてもいい、それでも自分は明緋と一緒にいてはいけない。
満咲の娘である自分は、きっとこれからも命を狙われることになる。
自分と一緒にいては、明緋まで危険な目に遭ってしまう。
今回のように怪我では済まされないかもしれない。
「明緋さんは、どうぞご自分の人生を生きてくださいませ」
「何言ってんだよ!」
「今までありがとうございました。とても楽しかったですわ。お体をご自愛ください」
「八重、俺は……!」
「さようなら」
最後まで明緋の前では涙を見せず、笑顔を浮かべ続けた。
彼の記憶に残る自分の顔が、泣き顔では嫌だったからだ。
すがりつくような視線を見なかったことにするのは、とても心が痛かったがそれでも振り切って病室を後にした。
「さようなら、明緋さん……」
病室の外でか細く呟く。
ポタリ、と床に雫がこぼれ落ちた。病室を出るまでは我慢したが、扉を閉めたと同時に涙腺が崩壊する。
「ふ……っ、うぅ……っ」
本当はもっと一緒にいたかった。
ずっと傍にいて欲しかった。
けれど、それを望むことは許されない。
明緋のためを思うなら、傍にいるべきではない。
そして、今になって気づいた。
明緋に恋をしていたことを。
ずっと自分の気持ちに自信がなかったが、今なら言える。
明緋のことが好きだった。
だが恋を知ると同時に、恋は散ってしまった。



