恋散るビタースウィート



「――動くな」

「っ!?」


 ほんの一瞬のことだった。
 見知らぬ低い男の声が聞こえたと思ったら、背後から口を塞がれていた。

 全身の血の気が引き、金縛りになったみたいに固まる。
 サングラスをかけた全身黒スーツの男が八重の目の前に立ちはだかる。

 年齢は恐らく四十から五十代くらいといったところだろうか。


「まさかこんなところで、満咲の娘に出会えるとはなぁ」
「……っ!」


 経験上、この男たちがカタギの者たちではないことは瞬時に悟った。
 それも桜花組や染井一家とは全く違う、悪意の塊だ。


「お前の父親には随分世話になったんだよ」


 男は八重に視線を合わせてしゃがみ込む。


「世話になった分、愛娘もかわいがってやらねぇとなぁ」
「…………」
「おう、連れて行け」
「ウス」
「(いや……っ!!)」


 八重の口を塞いでいたのは体格の良い大男だった。
 まるで大きな熊のようだ。

 怖い、誰か助けて。
 そう叫びたいが声が出せない。


「(わたくしはなんて愚かなのでしょう……)」


 やはりSPを振り払うようなこと、絶対にしてはいけなかった。
 父はただ心配性なだけではない。満咲にとって命を狙われるということは、身近なことなのだ。

 それをわかっていたはずなのに……。


「八重を離せっ!!」