叫びながら走る。
人々が振り返る。馬車が鳴く。
けど、誰も助けてくれない。
靴音が、濡れた石畳に弾ける。
あと少しで追いつく。そう思った瞬間。
男が振り返り、私の身体を突き飛ばした。
「きゃっ……!!」
転んだ手のひらが痛い。
石の冷たさが骨まで染みる。
――その時だった。
「ほう、見慣れない格好だな。」
低く響く声。
顔を上げると、霧の向こうから背の高い男が歩いてきた。
長い黒のインバネスコート。帽子の影からのぞく瞳は、灰色に光っている。
まるで、すべてを見透かしているような――静かな目だった。
「す、スマホを盗られたんです!」



