夢? ――違う。




 頬をつねる。痛い。
 本気で痛い。




 心臓が、どくどくと早鐘を打っていた。

 そのとき――。




「おっと、すまない。」




 後ろから肩がぶつかった。

 振り返ると、黒い帽子の男が立っている。

 顔の半分が霧に溶けていた。





「あ、あの、ごめんなさい!」

「……いや、いい。」



ーえ?


 ――日本語?



驚いて瞬きをした瞬間、男はするりと私の脇をすり抜けた。
 すれ違いざまに、かすかな布の音。





 ポケットに手を入れた。
 ……何も、ない。




「え、うそっ!?」





 スマホが消えていた。



 さっきの男が遠ざかっていく。



 直感でわかった。――スリだ。






「ちょっと!ーま、待って!返してっ!!」