「……お願い、助けて。」
小さな声だった。
でも、確かに届いたのだと思う。
ホームズの足が、止まった。
「……やれやれ。」
ため息のような声。
それから、帽子のつばを少し上げた。
「女性に泣かれるのは、苦手なんだ。」
「……え?」
「仕方がない。ワトソンがいる俺の下宿先へ行く。君をそこへ連れていこう。」
「ワ、ワトソンって……まさか、ジョン・H・ワトソンですか!?」
「ほかに誰がいる。」
嘘でしょ?!
心の中で何度も読んだ名前が、現実の音になって響く。
霧の街。
ガス灯の光が、二人の影を長く伸ばしていた。
私はその背中を追いかけた。
冷たい風が頬を撫で、どこか懐かしい匂いがした。



