この気持ちは生まれてすらいない



お腹すいたな、とあの時早川さんは言った。


いつか、早川さんを含む社員数名で大阪まで出張した日の帰りだった。

先方のオフィスを後にするタイミングで、早川さんと二人になった。時刻は午後五時を回った頃で、高くそびえ立つビル街に切り取られた空は、東側だけが夜に沈んでいた。

今日はもう新幹線に乗って直帰するだけなのだと思うと、解放感から身体が軽かったのを覚えている。



「お腹、すきましたね。早く帰ってゆっくりしたいです」



私はお腹をさすって同意した。早川さんも「な」と笑い返してくれた。


ふと、今のは食事に行く流れだったのではないかと思い当たったのは、早川さんの視線が通りに軒を並べる飲食店にちらりと向けられたときだ。


返事を間違えたかもしれない。そう思ったが、話を戻すことは出来なかった。早川さんも、それ以降はなにも言わなかった。


他の人が相手なら、簡単だったのだ。「せっかくだから、何か食べて帰りましょうよ」と言えたはずだった。

だけど、早川さんが相手だと、それが出来ない。仕事に関することであれば、気軽に言い合えるはずなのに。





誘えばよかった。


その事を、今になってどうしようもなく後悔している。


あの時、早川さんと二人で食事をしたかった。もっと色々な話をしてみたかった。


そうすれば、少しは何か変わったのだろうか。今と、違っていたのだろうか。


もう二度と、取り返すことの出来ない過去だ。


分かっていても、永遠に出るはずのない答えを、私はこれからも求めてしまうのかもしれない。