この気持ちは生まれてすらいない



退社を決めたのは、二十歳で入社して6年目に入った頃だ。


私はあまり仕事にメリハリをつける事が得意ではなかった。仕事の評価は良いほうだったと思う。状況に合わせてある程度のことはこなせたし、自分が担当した仕事以外にも、他チームのヘルプに入ることも多々あった。

ただ、仕事を任さられると全て引き受けてしまう性格のせいで、気付けば残業と休日出勤が続いていた。


結果、プレッシャーから浅い眠りの夜が続き、体調も崩しがちになった。

それでも身体は丈夫な方で、取り繕うのも得意だったから、その事を誰かに気づかれたことはない。


疲れてしまったのだ。ふと自由になりたくなった。


そうして、私は退社を決めた。





出社最後の日。


昼休憩時に各部署への挨拶回りを済ませ、最後にもう一度早川さんのデスクに寄った。やっぱり、ふらりと足が向いて。
こちらの気配に気づいていたのか、早川さんは私が声をかける前に椅子ごと振り返った。

そして、私がなにかを言うより先に、



「お疲れ様でした…!」



ぱんと膝の上に手を置いて、うやうやしく頭を下げたのだった。その様子はなんだか体育会系のようで、少し意外だった。


その後も早川さんはただ労うのみで、引き留めることも惜しむ言葉を口にすることもなかった。それはすこし寂しい気もする一方で、これまでの仕事を認められているようで、嬉しかった。



「辞めたらどうせ海外旅行とかするんでしょ? いいね」



早川さんがやたらと羨ましがるので、特になんの予定もなかったのに、私は「もちろん。自由ですから」と自慢げに答えた。