この気持ちは生まれてすらいない



(…返事も何も)



視線を早川さんの指に落とす。すらりと長い人差し指。

正直に白状してしまえば、私はとうに早川さんの事が好きだった。


あの日、大阪からの出張帰りの夜。私はあっさりと自分の気持ちを自覚していた。

いつからそうだったのかは分からない。だけど、それまでの自分が無意識に早川さんとの距離を取っていたことに気づいた。おそらく、一方的な好意を抱いてしまう一歩手前のところでラインを引いていたのではないかと思う。それは一種の見栄だったのだろうか。

あの夜から、不思議とそういった気持ちは消えてしまったけれど。


正面に座る早川さんを真っ直ぐに見つめた。

私に出来るのなら。私で構わないのなら。
この人を幸せにしたかった。



「よろしく、お願いします」



そう言って頭を下げるのと同時に、背後の個室からどっと笑い声が上がった。運が悪いことに、せっかくの返事がかき消されてしまっていた。



「…聞こえました?」



もう一度言うべきかと困って尋ねると、早川さんは「聞こえた」と笑ってくれた。それから、脱力したように背もたれに身体を沈めると、「ああ、良かった」と大きく息を吐いた。



「…真中さんに振られたら、明日から生きていけんところだった」

「そんなですか?」



嬉しくなって吹き出すと、「そんなです。見えないかもしれないけど」と早川さんは眉尻を下げた。私を飲みに誘った時から、ずっと緊張しっぱなしだったらしい。苦笑しながら教えてくれた。

全くそうは見えなかったので、私は驚いていた。

だけど、早川さんの小皿に空の枝豆が小さな山を作っているのを見つけて、思わず口元を綻ばせたのだった。