この気持ちは生まれてすらいない



「で、退社のことは会社には言ったの?」


竹籠に入った枝豆をつまみながら、早川さんが尋ねてくる。テーブルにはお互い好きに注文しあった単品料理が並んでいた。

私はだし巻き卵をお箸で割りながら、いえ、と首を振った。じゅわ、と流れ出るだしを見つめながら。



「ほんとに決めたばっかりで。知ってるの、早川さんだけです」

「それは、光栄な」

「以前から、うっすらとは考えてたんです。この仕事、自分で仕事量コントロールできないところもありますし、まとまった休みとかなかなか取れないですし」

「そこは貴方、仕事の区切りに無理やりにでも取るものですよ」


早川さんは次の枝豆に手を伸ばしながら淡々と言う。それが出来ないんですって、と弱音で返した。


「どっちみち気が安まらないですもん。それに、このままズルズルいったら、あっという間に三十になってそうで怖いですし。後になって後悔したくないです」

「俺がいるじゃない」

 
リアクションに困って、ええ?と顔を傾けると、早川さんも鏡のように首を傾けるので、つい笑ってしまった。
 

「…楽しいですけど」

「とりあえず、会社を辞めるって言うのは本気なわけね」

「本気です。…え? もしかして軽い気持ちで言ってると思いました?」


心外だと視線を送ると、早川さんは「うーん」と視線を外した。


「…そうではないけど。一応、確認というか」



…まぁ、そうか。そうだよな。

早川さんは一人ぶつぶつと言葉を転がしている。私が怪訝な顔をしていると、早川さんは空になった枝豆を小皿に乗せ、ふいに姿勢を正した。



「そういう事なら、僕ら付き合いますか」

「えっ?」