この気持ちは生まれてすらいない



その時、微かな風を感じて、顔を上げた。色鮮やかな光が優しく目を差していた。



(…―――もう少し、いたい)



ふいに、胸にこみあげるものがあった。

なぜかは分からない。このまま帰ってしまったら、ここを逃してしまったら、この先後悔するような気がしたのだ。

哀しい予感と愛しい気持ちがそれぞれ胸を過ぎって、心臓が痛いくらいに収縮した。瞳がわずかに熱を帯びて、光が滲んで重なり合った。

これは、夜のせいだろうか。



「…いい匂い」



ネオンを眺めながら、呟いた。

「…あー、あの焼き鳥の店じゃない?」早川さんは私の声を拾いあげて、数メートル先にある店へと視線を向けた。ああ、そうかも、と私は口元を緩めた。



「せっかくですし、どこか入りません?」



するすると、つっかえなく言葉が出ていた。

途端に、胸が熱くなった。ずっと望んでいたものの輪郭に、指先が触れた気がした。

隣を歩く早川さんの腕が、トンと私の肩にぶつかった。ジャケットの擦れる音。微かな身体の重み。



「いいね。行こうか」



早川さんの穏やかな声が、優しく耳に広がった。