恋をして、大人になった。

高校を卒業して、新しい環境に飛び込んだとき、わたしはもう、恋を怖がっていなかった。
また誰かを好きになれる。そう思っていた。

入社式には参加できなかったけれど、その数日後に始まった社内研修で、初めて彼と出会った。

第一印象は、「かっこいい人だな」だった。

整った顔立ちというより、笑うと人柄の良さが伝わるような表情で、話してみると、想像どおり優しい人だった。

同じグループで研修を受けるうちに、少しずつ話す機会が増えていった。
困っているときは、そっと助けてくれる。
何気ない会話も楽しくて、気づけば、また目で追っていた。

彼は、わたしが研修を終えて部署に配属されたあとも、お昼休みにひとりでご飯を食べていたわたしのところへ来て、「一緒に食べない?」と声をかけてくれた。

その優しさに、心がじんわり温かくなった。
また“誰かを好きになる感覚”を、自然に思い出した瞬間だった。

それからも、同じ会社で働く中で、時々交わす言葉や、笑顔のひとつひとつが嬉しかった。
仕事で疲れていても、彼と話すだけで、少し元気になれた。

恋って、こんなにも静かに、日常に溶けていくものなんだと思った。

けれど、気持ちを伝える勇気は出なかった。
仕事の関係が壊れるのが怖かったから。

そして、月日が経ち、わたしは会社を辞めた。
それでも、たまに連絡を取っていた。

何気ない話をしたり、仕事の愚痴を言い合ったり。
彼の優しさは変わらなくて、そのたびに心が揺れた。

数年後。
思い切って、LINEで告白した。

“ずっと、あなたのことが好きでした”

送信ボタンを押したあと、胸の鼓動がうるさくて、手の震えが止まらなかった。

スマホの画面を何度も見たけれど、既読はつかなかった。

一日、二日、三日。
時間だけが、静かに過ぎていった。

気になって、彼のSNSを探してしまった。
そこで初めて知った。

彼は当時から、バンドのベーシストとして活動していた。

知らなかった一面を見つけて、少しだけ、遠く感じた。

“未読”のままのメッセージが、何よりの答えだった。

二年、三年と時間が経って、わたしはようやく彼のLINEをブロックした。
自分で終わらせなきゃいけない、と思ったから。

それでも、彼のことを“酷い人”だとは思えなかった。
あの頃の優しさも、笑顔も、全部嘘じゃなかった。

最近、久しぶりにSNSを覗いたら、彼が結婚していた。

その写真を見ても、もう涙は出なかった。
ほんの少し、胸が締めつけられて、でも次の瞬間には、微笑んでいた。

──好きになって、よかった。

恋が叶うことだけが幸せじゃない。
想いを抱いて、手放して、それでも誰かを信じる自分でいられること。

それが、わたしがこの恋で学んだ“成長”だった。