もしも、絶対に負けない恋愛が存在するなら。




 「咲希、沖田って分かる?」

2人しかいない教室に響いたのは由衣の声。
入学したての頃からの親友の声に、私は振り向く。

中学三年の六月、校庭からは最後の大会を控えた野球部の声が聴こえる。

 「中学最後」なんて言葉が、何をするにも付きまとうようになったけど、実感なんて湧かない。もう半年もすれば受験だっていうのに、志望校も決まってない。

よく言えば平和で、悪く言えば退屈な、同じような毎日。

 そんな日々を、その一言が、変えた。

「沖田。バドミントン部の男子。」

由衣が急に口にした、あまり聞き馴染みのない男子の名前。

普段話題にあがる男子といったら、由衣の彼氏でバスケ部の一輝か、その親友でサッカー部の竜太か、その辺の「イケてる男子」くらいだった。

沖田という男子も、バドミントン部というクラブも、今日初めて聞いたレベルでイメージができない。

なんとなく、テニス部と違うラケットを持った男子がいたなって、それくらい。

「いやあ、話したことない。そんな子いたなあって感じ。」

私が正直に答えると、由衣も笑いながら、

「あ、咲希も?ウチも初めて聞いた時、バド部なんてあったんだ、みたいな感じだったもん。」

と返してきた。

私にとっても由衣にとってもピンとこない男子の話なんて、どうして持ち出したんだろう。

「それで、その沖田?がどうしたの?」

私が尋ねると、由衣は教室を見回した。

黒板の上の時計は、もうすぐ五時を指そうとしている。教室に誰もいないことを確認して、彼女は口を開いた。

「なんかね、その沖田って男子が、咲希のこと好きらしいんだけど。」

好き――
その言葉を飲み込むのに、数秒かかった。

彼氏がいる由衣と違って、私には今まで恋人ができたことがない。正直、異性を好きになるって気持ちが分からなくて、由衣や他の女子のする「恋バナ」みたいなやつについていけない。

そんな私に、初めて恋の噂がたった。

でも正直信じられなくて、上手く言葉が出てこない。

「でも私、沖田って人、よく知らないし・・」

「だよねー。好きとか言われても、『誰?』って感じだよね。」

どうしてそんな簡単に「好き」なんて言葉を言えるんだろう。

「ま、ただの噂だし、気にしないで。そろそろ帰ろっか。」

最後まで軽いノリで由衣は話す。

最近、彼氏とケンカ中らしく、私と一緒に帰ることが多い。

由衣から聞く彼氏の愚痴も、私には遠い世界のように感じられたのに。

ただの噂、もしかしたら噂にすらなっていないかもしれない友達の言葉だけで、「恋」ってものが急に自分のことのように思えてしまう。