目の前には、刈谷恵介。
私は小さな紙袋を意味深にぶら下げて、彼の前に立っている。
(何か、何か言わなくては。でも、これはこれは、絶対に誤解されるやつじゃないかぁぁぁぁ)
私は、刈谷君を目の前にして、名乗る事も説明することもできず、寒いはずの冬のホームで頭が猛烈に熱くなるのを感じていた。
私は肩でひとつ大きく息をすると、何とか口を開こうとた。
しかし、先に声を発したのは刈谷君だった。
「…岡山さん?」
刈谷君は、私の目をまじまじとのぞき込みながら、そう言ったのだ。
「え…」
小学生当時の私は、ロングヘアにリボンをつけてひらひらしたスカートを着ていたが、
今の私は、スラックスにマフラーを首に巻き付け、ショートカットとずいぶん様変わりしているはずだ。
なんで、わかったんだろう…。
私が黙っていたからだろうか、刈谷君は急に自信を失ったようで、あわてて言った。
「あれっ?人違いだったらごめん。えっと、それを渡してくれようとしてるのかな?」
刈谷君にとっては、バレンタインなど慣れた行事の一つなのだろう。
大きな手を私の方に向かって差し出した。
大きくなったのは手だけではない。
6年生だった刈谷君は、どちらかというと小柄で華奢な少年だったのに、
今では私が見上げるくらい背が高くなっている。
私は、その手に袋を押し付けると、小さい声でこれだけ告げた。
「ごめんなさい。」
これでいい。
これで私の黒歴史が終わる。
♪タラリンラリランラン ラリラリ~
待ち望んでいたのん気な音楽が聞こえた。
計画通りとはいかなかったが、この後に来る電車に飛び乗って、もう二度とこの時間のこの車両に乗らなければ、
刈谷君と顔を合わす事はないだろう。
プシューッ
ドアの開く音がする。
刈谷君と同じ制服を着た学生たちがホームに吐き出される。
私は刈谷君の顔を見る事なく、電車に向かって踵を返した。
足を一歩前に出すと、背後からむんずと腕を掴まれた。
「ちょっと待って。ごめんなさいってどういう事?」
いきなり腕を掴まれた私は、よくある恋愛ドラマのワンシーンみたいにバランスを失って、
刈谷の胸に倒れこんでしまった。
それは、ロマンチックというよりは、ぶつかったという感じではあったのだけど。
プシュー
そして、次の電車も無情にも去ってしまった。
(停車時間!短すぎるって~)
私は、刈谷恵介の胸に打ち付けた鼻を押さえながら、覚悟を決めて刈谷恵介の胸から顔をあげた。
そして、彼の顔を初めてまともに見た。
刈谷恵介は、小学校の時と変わらず、とても綺麗な顔をしていたが、顎のラインや肩の広さが男っぽくなっていて、
何というか、ますますかっこよくなっていた。
刹那、私の心臓は急につぶされるみたいに苦しくなった。
この感情は、ノスタルジーなのだろうか、それとも、これは…
「やっぱり、岡山、岡山朝子さん、だよね?」
私はかろうじて、こくりと一つうなずいた。
彼はほっとしたように、表情を緩めた。
