ガタンゴトン ガタンゴトン
電車が粛々と走っていく。
混み合った電車はいつも通り進む。
でも、今日はいつもと違う朝なのだ。
だって、私のカバンの中には、取っ手のついた小さな水玉模様の紙袋に入った、トンダーマンの消しゴムが入っている。
ガタンゴトン ガタンゴトン
電車の音がいつもより大きく聞こえる。
この音は、私の中で鳴っているのか、外から聞こえる音なのかもわからない。
電車の中は妙に暖房がきいていて、手の平にじっとりと汗がにじむ。
刈谷恵介が降りる駅はわかっている。
次の駅で降りるのだ。
この後の私の行動は決まってる。
もう、頭の中で何度も何度もシュミレーションしてあるのだ。
彼が降りる。
その後を追って私も降りる。
素早く謝罪の言葉を伝えて紙袋を手渡す。
電車の停車時間は1分程度。
彼に口を開かせる前に、素早く電車に戻ればそれでいい。
そして、ドアが閉まる。
翌日からは、一本遅い電車の違うドアから乗ればいい。
それで、私の犯罪歴もチャラになる。
私はそろそろと、通学カバンの中から小さな紙袋を手元に取り出した。
これで、準備万端だ。
プシューッ
電車が止まった。
刈谷恵介は、同じ制服を着た何人かの男子生徒と共に電車を降りた。
(いまだ!)
私は意を決して電車を降り、ぱさぱさになった口を開いて話しかけようとした。
その時だった。
「刈谷君、ちょっと待って。」
(あれ?まだ何も言ってないのに、私の心の声が聞こえる)
なぜか、私の目の前には、髪をツインテールに結った、甘い金木犀のような香りのするセーラー服を着た女子校生が立っていた。
(え?)
そう思っているうちに、女子校生は更に言葉を続けた。
「刈谷君。好きです。これ、受け取って下さい。」
その可愛らしい女子校生はそう告げると、刈谷恵介にピンク色の小さな紙袋を渡して小走りに立ち去って行ったのだ。
私はあまりの事に、ぽかんと口を開けてその場に立ち尽くしていた。
プシューッ
追い打ちをかけるように、背後では聞きなれた音がした。
ハッと振り向いたが、タイムオーバー。
電車は無常にも走り去って行った。
ショックで言葉を失っていると、背後から声がする。
「あの、何か用かな?」
ゆっくりと、向き直る。
そこには刈谷恵介の困ったような顔があった。
一難去ってまた一難。
その時、私はやっと気かついたのだ。
刈谷君が受け取ったピンクの紙袋に印字されている文字に。
そこには
“St. Valentine’s Day”
と書かれてあった。
そして私の手元には、小さな紙袋がきつく握りしめられている。
(神様!どうして、こんな事に!)
私は、絶体絶命のピンチに見舞われていた…。
