庭園に出ると、いつもは真っ暗な城の窓に明かりが灯っていた。皇帝陛下は穏やかな表情で城を見つめている。ルシアは悪の精霊から元の姿に戻り、魔獣に変えられていたロシュフォールたちは人間に戻った。これで少しは恩返しができただろうか。

「セレーヌ、契りのことは知っているか?」
「契り……でございますか?」

「ヴァルドラードには『契り』と呼ばれる大切な儀式がある。皇妃の証を贈る以上に大切なことだ。」
「何をするのですか?」

「皇帝の魔力を妃に与え、妃の魔力を皇帝が受け入れる。」

「陛下の魔力を私が受け取るということですか!?そんなことどうすれば……」
「難しいことではない。以前やっているからな。」

「えっ、いつですか!?」

 答えを聞く間もなく腰を引き寄せられた。抵抗しようにも押さえ込まれて動けない。皇帝陛下は私をじっと見つめて、顎をすくい上げた。

(もしかしてキスのこと!!?)

 私は近づいてくる皇帝陛下の口を両手で塞いだ。

「んんんんん?」
「簡単にしちゃだめです!た、大切な儀式なのですよね!?」

 私は皇帝陛下の口を塞いだまま周囲を見回した。ここは庭園だ。誰に見られているともわからない。

「俺の魔力はいつ上昇するかわからない。契りを交わせば、俺の魔力をお前が受け入れられるようになる。突然魔獣に変わることもなくなるんだが……」

 なんて意地悪な言い方をするのだろうか。そんなことを言われたら断れない。意に反して魔力が上がってしまうことは皇帝陛下の体の負担になっている。私が契りを受け入れればそれが解決するのなら、受け入れるしかなくなってしまうではないか。

「……ずるいですよ。」

 目を閉じると、皇帝陛下の顔が近づいてくる気配がした。心臓が飛び出しそうになりながら待っていると、遠くから皇帝陛下を呼ぶ声が聞こえてきて、気配が遠ざかっていった。

「邪魔をされてしまったな。契りはまた今度にしよう。」

 皇帝陛下は私の手を握って歩き出した。契りを交わせなかったから、皇帝陛下の魔力はまた突然上昇することがあるかもしれない。それが心配なだけだ。私は強く自分に言い聞かせた。