「セレーヌ?」

 皇帝陛下の声で、頭の片隅に浮かんだ幼い頃のステファン様が風に乗って消えた。私は少しだけ皇帝陛下に視線を向けてからレオナードに視線を戻した。

「レオニード、負けてはいけないわ。近くに魔力の天才がいると無力さを思い知ることが多いけれど、魔力を習得するときに向き合うのは常に自分なの!」
「あぁ、魔力の天才って皇帝陛下のことだろ?大変だな、セレーヌ様は。」

「ルシアも同じよ。ルシアは皇帝陛下を倒そうとしたんだから。」
「えっ」

「私たちみたいな凡人は地道に努力するしかないの。鍛錬あるのみよ!」

 レオニードは皇帝陛下の手の平の上で大の字に寝転がった。少し焦って皇帝陛下を見ると、皇帝陛下は無表情でレオニードを見下ろしていた。

「あーそっか……やっとわかった。ルシアと俺は違う。そうだよな。ありがとう、セレーヌ様。」

 レオニードはゆっくり立ち上がると、まっすぐな視線をこちらへ向けた。

「俺は浄化の魔力を使えるようになりたい。ルシアと一緒に森の泉を守れるようになりたいんだ。」
「素敵な夢があるのね。」

「だから俺に魔力を教えてくれ。俺もセレーヌ様みたいになりたい!がんばるよ!」
「その調子よ。浄化の魔力を使うにはまず……」

「浄化の魔力の習得に最も最適なのは掃除だ。」
「ぐえっ!」

 皇帝陛下はレオニードを握りしめた。

「や、やめろ!苦しいって!」
「お前に課題をやろう。明日の朝までに、城の中全てを掃除しろ。」
「この城全部!?」

「できないのか?」
「掃除すれば……浄化の魔力が使えるってことか?」

「そうだ。やらないのか。」
「やるよ!見てろよ?朝までにぴかぴかにしてやる!」

 皇帝陛下がぱっと手を放すとレオニードは勢いよく羽を羽ばたかせた。

「初めからうまくやろうと思うな。繰り返していくうちにわかってくる。物が壊れても気にするな。放置して次へ行け。一晩掃除をすれば、今よりもうまく飛べるようになる。」
「よっしゃー!」

 気合十分のレオニードが窓に向かって魔力を放つと、凄まじい音を立ててガラスが割れた。

(ふふふ。もう魔力を使えるのね。)

 飛ぶこともままならなかったのに、ものすごいパワーで窓を破壊していく。容赦なく窓を割っていく見ていると、ふいに皇帝陛下がこちらを向いた。

「お前の魔力を馬鹿にした奴は誰なんだ?」

 優しいけれど棘のある声に、緊張が走った。

「あ、えっと……気にしないでください。小さい頃の話ですから。」
「そうか。レオニードが浄化の魔力を習得したらルシアのところへ行く。おやすみ。」

 皇帝陛下は流れるように手を取ってキスを落とすと、にこやかに微笑んで去って行った。