ドルレアンの山が目前に迫ると、皇帝陛下は体を急上昇させた。ドルレアンは人が入れない秘境の地。それは、標高が高過ぎるという意味だったようだ。風を切る音が止み、目を開けると大きな泉が広がっていた。そっと地面に舞い降りると、皇帝陛下はあっという間に元の姿に戻った。

「そんなに簡単に戻れるんですか!?」
「まぁな。」

 魔獣だからって調子に乗って尻尾にくるまったり、抱きついたりしてしまった。恥ずかしくなって顔を背けると、遠くから何かが飛んできた。

「アルフォンス!連れて来てくれたのか!はじめまして。精霊の長を務めておりますドレイクと申します。あなたがアルフォンス最愛の皇妃セレーヌ様でいらっしゃいますね。」

(さ、最愛の皇妃!?)」

 驚いて皇帝陛下の顔を見ると、知らん顔をして遠くを見ていた。

「は、はじめまして。セレーヌです。」

 ドレイクさんは20センチに満たない小さな精霊で、おゃれな燕尾服を着た紳士の姿をしている。ルシアも本当ならこんな風にかわいらしく飛び回るのだろう。そんなことを考えているうちに、ドレイクさんは私の周りを飛び回って観察し始めた。

「ふむ……セレーヌ様は浄化の魔力が得意でいらっしゃいますか?」
「得意というわけでは……」

「そうですか?強い浄化の魔力をお持ちのようですが……?」
「私の家は浄化の魔力が基盤と言われています。母は得意ですが、私はあんまり……」

(浄化の魔力の家系に生まれたのにって言われたこともあったっけ……)

「ぐぉっ、やめろ!アルフォンス!」

 遠い昔の記憶を思い出していると、苦しそうなドレイクさんの声が聞こえてきた。顔を上げると、皇帝陛下がドレイクさんを握りしめていた。

「セレーヌ様を虐めているわけではない!セレーヌ様がお前の皇妃として耐えられるのか見ているだけだ!」

 皇帝陛下は表情を変えずにドレイクさんを解放した。

「ふぅ……セレーヌ様、あなたの先祖には精霊がいるかもしれません。」
「先祖に精霊が?」

「はい。わずかですが、その気配がします。ヴァルドラードの精霊は泉を浄化することを使命としていますから、元来浄化の魔力が強いのです。セレーヌ様の家系が浄化の魔力にお強いのもその影響でしょう。ですから……」

 ドレイクさんは皇帝陛下の前で腕組みをした。

「他の方と比べたら、セレーヌ様はお前の相手が務まる可能性が高い。だが、気をつけろ。油断したら……」
「それは良かった。」

 ドレイクさんの話を遮ってこちらを向いた皇帝陛下は、嬉しそうに微笑んで私の髪を撫でた。こういう不意打ちは困る。私は視線を彷徨わせて顔を赤くした。

「セレーヌ様、気を付けてくださいね。アルフォンスは、魔獣になったことで気性が変化しています。嫉妬は今までの倍……それ以上になるかもしれません。セレーヌ様が逃げようとしたら牢に閉じ込めるくらいのことは、平気でやりますよ。」

(牢に閉じ込める!?どういうこと!?)

 皇帝陛下は何も言わずににこにこと笑っているだけだった。