慌てて庭園に出ると、青い炎の中から大きな魔獣が現れて、翼を広げて舞い上がった。私は魔獣に向かって大きな声で叫んだ。

「待ってください!」

 黄金色の瞳はまっすぐこちらを見ている。

「どうしてこんなことになったのですか!?魔獣になるなんて……!」

 少しの沈黙の後、魔獣は静かに舞い降りた。

「陛下……なのですよね?」

 呼びかけても声は聞こえてこない。ロシュフォールみたいに話せるわけではないのかもしれない。

 私は目を動かして魔獣の体をそれとなく眺めた。ロシュフォールや森にいる魔獣とは比べ物にならないほど大きくて、ヴァルドラードの皇帝に相応しい強さと威厳のある魔獣だ。だけど──

(なんで尻尾だけあんなにモフモフしてるの……!?)

 体は動かないのに、ふわふわな尻尾だけが猫の尻尾のようにひょいひょい動いている。私は皇帝陛下の視線がこちらへ向いていないことをいいことに、そっと尻尾に触れた。

「触るな。」
「っ……!」

 驚いて尻餅をつきそうになった私を、モフモフの尻尾が包み込んだ。

「話せるのなら、早く仰ってください!話せないと思ったではありませんか!」
「……」

 皇帝陛下はまた何も言わなくなった。私はそれとなく尻尾に背中を預けた。

「寝るな。」
「寝てませんっ(埋もれてるだけです)!」

 でもこのままだと本当に寝てしまうかもしれない。私は後ろ髪を引かれながらモフモフから這い出した。

「……怖くないのか?」

 ぼそっと聞こえてきた声は、体の大きさからは考えられないほど、か弱くて消え入りそうだった。

「だって陛下じゃないですか。ロシュフォールとも話しましたし……」
「ロシュフォールの話はするな。」

 顔を覗き込むと、皇帝陛下は目を逸らした。

「もしかして……嫉妬したのですか?」
「違う。」

 ロシュフォールを撫でた時のあの苦しいほどの魔力も、そのせいだったのかもしれない。

「ロシュフォールは毛並みが綺麗ですよね。賢いし、忠実だし、側近としても能力が高くて……」
「お前は俺の婚約者だ。なぜロシュフォールのことを調べる必要がある?ロシュフォールのことを知る必要はない。俺にとっては大切な側近だが、お前にとっては何の関係もない。これ以上ロシュフォールのことは調べるな、話すな。森へ行っても会うことは……」
「ふふふ。」

 皇帝陛下は目を大きく見開いて再び目を伏せた。心の中にじんわりと暖かな気持ちが広がっていく。

「私は陛下のお姿の方が好きです!翼もあって大きいし、カッコいいと思います!」

 恥ずかしさを隠すように抱きつくと、魔獣の体はピクッと震えた。触れた瞬間はひんやりしたけれど、私の体温と混ざり合って徐々に暖かさを帯びていく。目を閉じると、モフモフした尻尾が私の体をそっと包み込んだ。